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多摩ニュータウンタイムズについて
多摩ニュータウンの入居開始を控えた1969年、新しい街の地方紙(地方新聞)として創刊し、以来、多摩ニュータウン及びその周辺地域(多摩市、八王子市、稲城市)の皆様に最新ニュースや生活情報などを提供してまいりました。今日まで読者の方々をはじめ皆様からのご支援を頂き、おかげさまで創刊40周年を迎えました。 今後ともご愛読を賜りますようお願い申し上げます。 配布エリア:多摩ニュータウンの全域(多摩市、八王子市、稲城市)

この人 Archive

アマチュア日本一!初出場・初優勝、日本シニアゴルフ選手権 杉田努さん(多摩市)

優勝の喜びを語る

 アマチュア日本一を決定する「08年第30回日本シニアゴルフ選手権競技」が、兵庫県西宮カントリー倶楽部で昨年秋開催された。ゴルファーなら誰でも憧れる大会に出場した杉田努さん(55歳、GMG八王子G場)、初日から首位をキープ、最終日の11月14日、3ラウンドも終始安定したプレーで、1バーディ3ボギー、2オーバーパー74にスコアをまとめ、通算2アンダーパー214で初出場、初優勝の快挙を達成した。
 コースは名匠井上誠一が設計、六甲山系の裾野に造られアンジュレーションのあるグリーン、高低差が大きいロケーション、戦略性の高いコース。更にJGAが大会の為にコースセッティングするので予め読めない。3Rに進出できたプレーヤーは66人。「優勝を意識せずに各ホールでパーを取ることだけを考え、自分でコースマネージメントに努めた。18回の物語をイメージしながらプレーした」と杉田さん。キャディさんのアドバイスを傾聴し、あの石川遼君のスイングにも学んだと謙虚でスコアのためには貪欲だ。ゴルフはナイスショットが5%、運が15%、80%はミスショットだと言われる。ゴルフはメンタルなスポーツだから気持ちの切り替えが大切、その辺は上手いと笑う。
 実家は「桜ケ丘グリーンクラブ」。進むべくしてゴルフの道へ。日大に進学するも、プロよりアマチュアで行こうと決めた。大学で運命的な生涯のライバル宮辰夫さんに出会う。関東の雄と称され(習志野CC・今大会2位)、以来30年宮さんに触発され公式大会に出場してきた。「日本アマチュア」に4回、「関東アマチュア」に19回出場と常連で、さらに記録を更新していくのが目標だ。宮さんとの対決も興味深い。 090301号掲載

パイプオルガンの響き~オルガニスト 関本恵美子さん~

 関本恵美子さんはオルガニスト。その肩書は「恵泉女学園大学人文学部専任講師・同大学キリスト教音楽主任」。さらに日本キリスト教団霊南坂教会のオルガニストとしても著名だ。
 晩秋の日差しに落葉が静かに舞う午後、瀟洒な学園のキリスト教センターで関本さんに出会った。
 「クリスマスが近づいて一年で一番忙しい時が来ました」。12月20日は学園クリスマス・チャリティコンサート。関本さんの伴奏する聖歌隊の指導、広く知られる同校ハンドベルクアイアの練習、毎朝10時30分からの礼拝時に行うオルガン演奏、十字架の塔に設けたカリヨンベルの音楽構成など、大学の先生と教会の音楽担当と多忙な日々だ。
 東京芸術大学出身、大学院修士課程を修了しフランス・スイス・オランダなどヨーロッパ各国の国際オルガン・アカデミーでパイプオルガンを学んだ。
 3歳位からピアノとバレエを習っていたが「子供の頃からクリスチャンの両親と共に教会に行っていました。礼拝で流れるオルガンを聴いて育ち、自分も教会で弾きたいと思って…」。
 「家では電子オルガンを弾いていましたが、できる限り本物を聴き、触れることが大切です」。
  大きなパイプオルガンを自宅に置く人は数少ない。関本さんは霊南坂教会で練習が許された。
 パイプ一本一本が豊かにに歌い鍵盤のタッチひとつで音が変わる。やがて「弾きながら力を抜けば抜くほど楽器自体が歌い、楽器が自分に近づいて気持ちを表現してくれることが分かりました」。楽器は信頼する心を反映してくれる。
 恵泉のチャペルのギャラリー階には、近隣では唯一の、高さ7メートルに及ぶパイプオルガンがある。
 関本さんの弾く音色は低く語り高く轟く。音が舞い降り、聴く人の心を奪い去る荘厳な響きだ。
 「譜面に従うだけでなく自分の感情が湧くか湧かないか、何を感じるか…」これは音楽への情熱と日常生活の在り方をも思わせる言葉だった。
 関本さんは周辺の木々と夕焼け空の美しさを語った。学園のカリヨンベルが鳴り渡る時、それは絵画『晩鐘』の描く敬虔な祈りを連想させた。 081201号掲載

英(はなぶさ)英治さん ティアック株式会社代表取締役社長 多摩センターに来ました

080301tiakku-hanabusasyacho.jpg 昨年12月1日、大手電気メーカー『ティアック株式会社』が多摩センターに正式移転した。本紙1月号で触れた通り「ペンタ君」の内部を改装した建物への入居だ。
 『ティアック』は「コンピューター周辺機器」「オーディオ機器」「計測機器・ビデオシステム・医用画像記録装置など情報機器」の高品質メーカーとして知られる。資本金68億円、グループ従業員4400名、東証第一部上場会社。
 地域の新しい会社として英裕治社長(46)に登場して頂こう。成蹊大学工学部出身。ティアック一筋にヨーロッパ駐在の経験を持つ気鋭の経営者。「社員600人と共に多摩センターに参りました。第一印象は街が奇麗で建物も新しい。みんな喜んでいます」。会社の前身は昭和28年創立の音響機器メーカー。昭和39年『ティアック』に改組されたが本社は長く武蔵野市だった。「これまでの本社は建物が古くなり、次第に住宅地に囲まれました。土地など不動産の維持より売却して企業体質の強化を図りたい。ちょうど今年は会社創立55周年に当たります。グローバルな会社として新しい気持ちでスタートする。こんな時にタイミング良く多摩市に移ることができました」「これからの1年で、この新しい地域の様子を知りたいと思っています」。
 建物内部には新しく製品の展示室や業務用スタジオ、試聴室などが設けられた。「当社は製造メーカーですので、もの作りへの思い入れとこだわりが大切です。競争相手は日本国内だけではありません」「ティアックのブランドを一層高める開発を進めて参ります」。
 1階奥の試聴室では、優れた音質が改めて見直されている真空管使用のアンプを、ラッパ型純白の大型スピーカー2基を備えたオーディオセットに組み合わせて音づくりの真っ最中だった。これは音の表現力を問う機器の繊細な調整。レトロな雰囲気に響く高品質の音楽は、ふとセレブな世界への誘いを思わせた。
 一方、建物入口の展示室には「萌える」秋葉原に登場する普及品も並ぶがスタッフは常に進歩の激しい製品開発に燃える日々だ。
 「アイディアやクリエイトに悩んだら近くの中央公園で癒せ。この公園で気分転換を図ろうと言っています」。英社長は多摩市に移転した付加価値を発見しているようだった。 080301号掲載

この人:「アトリエSHO」関口正保さん(60)八王子市松が谷在住 木製玩具創作の日々

 十二支をはじめ完成品の勢揃い

 多摩市貝取のコーヒー・ショッブ『白樺』に展示された工芸品と呼びたい動物や自動車の木製玩具。作者は『アトリエSHO』関口正保とある。
 関口さんは製薬会社の研究所に長く勤務した獣医さんだ。夫人と共に八王子市松が谷に住み、昨年満60歳を迎え会社を退職した。近くの子息の家庭には3歳になる女の子と3月に誕生した男の子と、ふたりの孫がいる。
 かつて新宿のデパートで開かれた札幌の木工作家・屋中秋谷氏の展示会に立ち寄ったのが縁で、屋中氏を師と思う交友が深まり創作意欲を呼び起こされたという。
 本格的に木製の玩具に取り組んだ動機は3年前の初孫の誕生だった。
 「生まれる前から孫の玩具を作ろうと思っていました」「遊んだ後はインテリアにもなる納得のいくものを与えたい」。孫の存在が勤務から帰宅した後の関口さんを駆り立てた。
 まず厚い板を切り抜き、動物や自動車などの型を作る。最後はそれに車輪を付ける。
 「十二支の動物から作り始めました」。獣医として資料調べや動物の生態はプロだが「初めはデザインがうまく行かず何回もやり直しました」。もともと高校の同級生でいまは自らも木彫を手掛ける君江夫人の辛口批評と親類の子供の意見が役立つ。
 遊んでケガをしないように木の角や面を取る。動物の尻尾は折れやすいためデザインを工夫する。塗装は幼児がなめても害のない食用の亜麻仁油を使うなど細心の配慮。キリンの首に投げる輪投げは、麻縄の輪のつなぎ目に羊皮を巻く凝った技法だ。
 主な木材はブナで車輪は堅いチーク。「新木場の材木店で家内同伴で木目を見て板を選びます」。マンションは一階のため階下への懸念はないが、アトリエの部屋は二重窓にして電動のボール盤・糸鋸・研磨のベルトサンダーを配置。
 研磨の時にはマスクを使わずに手製のアクリルケースで囲って粉塵を集塵機吸引する。「潜水艦のような密度の部屋です」と関口さんは笑うがこれは研究職の経験だろう。
 「孫を思う気持ちが仕事を支えてくれます」。関口さんは知識と経験・出会いや家族を融合して、新しい価値を創造する団塊の世代の一人だ。※入手等の問合せは『アトリエSHO』℡042(674)0538迄   2007.5.1号掲載

この人:中進士さん 多摩市教育委員会委員長~子供が親を好きな家庭に~  

多摩市教育委員会 委員長 中 進士さん

中進士さんの教育者としての経歴は到底書き切れない。主要な全国中学校長会会長、中央教育審議会委員の歴任、現在は多摩市教育委員会委員長だけ記そう。
委員長は教育委員会の最高責任者。インターネット検索でも多摩市の教育は好評なようだ。しかしここでは一人の大人として忌憚のない意見を伺った。
中さんには忘れられない事件がある。中学校校長会会長になって間もない平成6年11月、愛知県で中学2年生の大河内清輝君がいじめと現金の恐喝を苦にして自殺した。事件を軽々には言えないが一部のメディアを先頭に学校側を悪として責任を問う声が高まった。その後もいじめや自殺は絶えない。
中さんは被害者を傷みながらも敢えて原点を言う。「親が尋ねて清輝君が言わなくても、繰り返し何万円も持ち出す異常な状況をなぜ家庭で気がつかなかったのか。親は四六時中子供を観察できるのに」。
中さんは昨今の親と学校の注意点を語った。
「もし親が錯覚して学校をけなす快感を持てば、それがそっくり子供の世界に入って来る。子供のいじめと親の発散する学校批判は同じです」「先生は地域と保護者によって育ちます。正しい忠告と情報は先生を育てるが抗議と悪口で先生は育ちません」。
「義務教育の先生は学者である必要はない。必要なのは学習への動機付けの成否です。子供たちがいかに自分たちの社会を作り上げるか、楽しい社会を作るトレーニングの場所が公立学校の使命です」。かつて児童たちは休日に先生と一緒に遊び遠くにも出掛けた。子供は授業より先生の背中を見て育つという。いま先生と子供たちの交流はどうなっているのだろうか。
昨年12月に施行された改正教育基本法には「国を愛する態度」が明記された。「子供が自分の親を好きになる家庭であって欲しい」「国を愛するとは、まず自分が好き、自分の家庭が好き、自分の学校が好きになることです」。しかしいまの子供は自分が嫌いになっていないか。「教育に王道はありません。子供はそれぞれ伸びる途は違います。子供の個性や特性をどう見つけるか。子供をよく知るのは親です。教育はここから始まる」。
子供の教育はまず家庭から始まる以外にない。 2007.4.1号掲載

【この人】佐賀山光明さん 緑ヶ丘幼稚園勤務~常に色々な事態を想定しながら走行

3-1.jpg 幼稚園バスの運転を始めて1年。「子どもは急に立ち上がることがあるし、常にいろんな事態を想定して走行している」という。
 細い道も何のそのの腕前は、それ以前に40数年バスの運転手を勤め上げた賜物だ。その間はもちろん無事故無違反だが身近に事故に関する話題は事欠かず、ある時は他人事ではないと自らに重ね、ある時は逆に気持ちをきっちりと切り替えて、常に運転に気持ちを集中してきた。「人を乗せて運転することは決まった道を行けばいいというだけではない。乗った人のその後の人生に大きく影響を与えることもある」。
 1月17日の表彰式には常陸宮、同妃両殿下がご臨場になり、物々しい警備の中夫婦で列席した。佐賀山さんは「緑十字銀賞」を受賞、奥様には感謝状が贈られた。優良運転には内助の功が欠かせない。ちなみに奥様は運転免許を持っていない。「そんな危ないことはさせられない」そうだ。
 「今の職場は毎日笑い声が絶えない。この仕事を長く続けたい」と言う一方で、「運転のレベルが自分の決めたラインに届かなくなった時には、自ら身を引く」とプロの厳しさを語る。幼稚園までの道程約7㎞を毎日歩き睡眠にも気を配る。昨年の冬は、風邪で声が出なくなった時があり、「長くバスに乗っているのに風邪をもらったのは初めてでびっくりした」が、今年は万全だ。園では力仕事も引き受け取材時には熱で横になる園児に「大丈夫か?」と水を手渡す光景もあった。その守備の広さはきっと、優良運転にも大きく関係することだろう。
 表彰式でもらった冊子を見ると勉強になるという。そうやって刺激を受ける佐賀山さんから影響される人がまた広がっていきますね、と言うと嬉しそうに笑顔をみせた。  2007.2.1号掲載

この人  小泉 茂さん(82)鑓水在住 「限りなき人生」を出版

3-1-1 表紙に、「多摩丘陵を背景に水車小屋」が描かれている画集『限りなき人生』。出版したのは、鑓水在住の小泉茂さん(82)。
 大正12年、第14代として生まれた小泉さんは旧家の伝統的な家風に育ち、幼い頃から書や絵画などの文化に親しむ環境にあった。
 画集には小学校時代からの絵や書があるが、その実力とともに、長い間きれいに保存されていたことにも驚く。
 中学に入学した頃には、絵や書に親しむ余裕もなく、毎日軍事訓練。召集令状により、東部第75部隊に入隊。終戦後、東京都住宅供給公社に勤務。30年に渡ってニュータウンの土地買収と管理業務に従事した。退職後、再び絵筆を持つきっかけとなったのは、堀之内にある絵画教室『ハーモニークラブ』(八王子市堀之内)との出会い。「サロン的な雰囲気。生徒同士で批評し合うことができる楽しい教室です」と小泉さん。
 以来、水彩画・木炭画・切り絵・彫刻・舞踊と、幅広い創作活動を続けてきた。「これは、まさに小泉さんの自分史ですね」と話すのは、ハーモニークラブ主宰の山本愛子さん。「最初、画集に『老いの灯』という題をつけたら、孫娘に『消極的』と言われてね」と笑顔で話す小泉さんは、3人の曾孫をはじめ、愛情に満ちた家族に囲まれる。
 先日、入院したのをきっかけに、「朝起きると、あぁ、今日も一日、無事に過ごせるな、と感謝を感じる」という。また、若さの秘けつは、「次々と予定を立てることかなぁ」と胸ポケットの手帳を見せてくれた。
 今年1月、107歳で他界した母のラクさんの口癖は、「くよくよしても始まらない。明日になれば、明日の風が吹く」だったそうだ。
 取材を終えると、携帯電話をベルトにつけ、知人の誕生祝会へと足早に向った。

昨年制作した仏像彫刻3-1-3
 

この人 多摩センター北口田村クリニック 小児科院長 杉原 桂さん “全人的”医療でこどもたちの病を癒す

3-1 当社に寄せられる葉書のなかでも、田村クリニックの先生方が担当される「ホームドクター便り」に対する投書の数が常に上位を占めている。小児科を担当される杉原医師には、育児の主役である若いお母さん方の関心が特に高いため、今回登場をお願いした。
 杉原さんは平成10年に昭和大医学部を卒業後、アレルギー研究を専門とする飯倉小児科学教室へ入局、千葉県こども病院でこども専門医療に従事し、町田市民病院において地域医療を、沖縄県八重山病院で離島医療、相模原病院で小児アレルギーを研究された生粋の臨床医である。
 杉原さんは、こども医療を生涯のテーマとして選ばれた点を「学生時代に、厚生労働省の医系技官を志した事もありますが、理想とする全人的医療、代替医療を実現するためには先ず臨床経験を積むことが必要だと考えたのです」と述べている。
 現在2人の息子さん(5歳、2歳)の子育てをベースに、常に医者と患者とが同じ目線で話す医療の原点に気づかされたという。
「私は、熱があるから抗生剤を、すぐ解熱剤を…という治療法は採りません。西洋医学のアレルギーを専門としながら、漢方治療も併用します。心理学も応用し、誠心誠意、こどもにとって何が一番良いのか、常に最新の情報をとり入れながら対処しております」
 今春田村クリニック北口院長として着任以来、多摩ニュータウンの良好な生活環境には満足しているが、一方こどもの心と体のアンバランス、特に弱者であるこどもに社会的、家庭的なゆがみが押しつけられている現状に心を痛めているという。
 少子化のすすむ現在、頼りになる医者として益々のご活躍を祈ること切なるものがある。
◆医療法人社団めぐみ会多摩センター北口田村クリニック・多摩クレイドゥルビル8F042(357)3671
◆杉原さんのプロフィール 立川市在住/家族は妻、2子/趣味は読書、水泳

〔この人〕松樹路人さん(78) 洋画家・武蔵野美術大学名誉教授 旭日小綬章 稲城市在住 遥かな郷土への想い 現実と幻想のはざまを描いて

3-1 稲城在住の洋画家・武蔵野美術大学名誉教授の松樹路人さんは春の叙勲で「旭日小綬章」に輝いた。
 既に「芸術選奨文部大臣賞」など9回の受賞を数え各種の審査委員などを歴任する重鎮。雅号とも見紛うその名は本名だった。
 【揺籃の地・北海道】
 松樹さんは昭和2年1月16日、北海道・羽幌町(はぼろちょう)に生まれた。父・美代治氏が小学校の校長だった関係で北見、左呂間、留辺蘂(るべしべ)、女満別(めまんべつ)、網走などに移住し網走中学校に進んだ。3人兄弟の次男だが「子供の時から絵を描いていた。学校から帰るとクレヨンや絵具で。油絵を描いたのは中学1年からだった」。父親の蔵書を開いてはモネ、ピサロ、ゴーギャンなどの絵を眺め、親が絵具代に閉口するほど絵に没頭していた。
 北風が吹き遥かな地平線の落日に地上の影が長く伸びる夕方、母が真赤なトマトを採る光景をしゃがんで眺めていた自分。わびしいが自然の色は美しかった。
 吹雪の晩に父がしてくれた宮沢賢治『風の又三郎』の話。窓を打つ風の音と共に頭に描いた幻想 … 。
 四季に変わるオホーツク海と広がる大地、そして家族。生まれ育ち少年時代を過ごした郷土は、父母の思い出、詩的な幻想、遥かなものへの畏敬の感情も併せて心に強い印象を刻んだ。
 昭和16年、父・美代治校長の教育方針が特高警察の目に触れ一家は心ならずも郷土を離れて東京に移る。
 府立第15中学(現・都立青山高校)に編入。4年卒で東京美術学校(現・東京芸術大学)入学。梅原龍三郎教授の油絵教室を卒業。
 【稲城にて】
 松樹さんが經子夫人と稲城町大丸に移ったのは昭和39年、既に画家として活躍していたが「この頃から画商が来はじめた」という。
 昭和46年、現在の稲城市坂浜にアトリエ付きの新居を構えた。かつて自分に問いかけて描いた『分岐点』の角と同じV字形の土地の上だ。武蔵野美大の教鞭もこの年から始まった。
「稲城はいい。大丸では梨畑の白い花。坂浜では朝夕の運動公園、階段、小鳥の声。多摩川の堤防を歩けば東京にいて東京ではない空気。都心から帰って多摩川を渡るとほっとします」。
 松樹芸術は現実と幻想のはざまを描くと言われる。写実の画題でも空の雲、遠い木立、路傍の草、魚や昆虫などの描写を併せ作品の空間に流れるのは透明にデフォルメされた郷土北海道のイメージだ。母子像をはじめ家族を描いた作品も多い。少年時代の家族から生まれた心象だろう。「北海道を思う心。絵を描くのは自分の心の奥底を揺さぶり聴診器を当てて探るのと似ている。自己追求かな」。
 いま各地のほか特に北海道近代美術館には大作『懐郷』など多くの作品が展示され稲城の姉妹都市・女満別にも『オホーツクの大地から・女満別』が掲げられている。
 最後に地域の子供達には?「稲城に小さくてもいいから、誰でも個展の出来るきちんとしたギャラリーが欲しい」「私も絵を描くから、みんなも絵を描いて遊ぼうよ」。同人展の作品制作で寸暇を惜しむ合間にも松樹さんは明るかった。
◇十果会東京展 7月6日(水)~12日(火)日本橋高島屋6F

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