多摩市一ノ宮の太田盛久さん(写真)は、いま数少ない20代の農業青年だ。
太田家は、かつて隣りに鎮座する小野神社の神職を兼ねた家柄で「先祖は古くからここに住んでいたようです」という。これは神事と農業の関係から不思議ではない。いま農地は家の近所の水田と畑、八王子市と町田市にも広い畑がある。
「畑にはいろいろな物を作ります。ネギ、タマネギ、大根、大豆、柿と梅などで大豆は味噌にして学校給食などに提供しています」。
両親と住込みの人、盛久さんの4人が作業する。早朝から日没まで手を抜けない日々だが、盛久さんは明るく「働いてますよ~」。
多摩第一小学校から多摩中学を経て工業高校へ進んだ。「農家で農業高校ではヤッパリとなります。家を継いで農業が嫌いなのではなく、家が学校を決める狭さがいやだった」。その後も学んだ機械や電気の知識は大きい。畑に格納してある各種の農業用機材の整備に役立っている。
農業の簡単ではない一例がある。「今年の米は高温障害が起こりました。水田は稲の伸びる8月頃、中干しといって水を落として一度土を乾かしますが、気温と陽差しと水加減のタイミングが狂いました。田圃には年に一回の機会しか来ません。何年やっても年一回の経験しか積めません」。
収穫した野菜や米は農協を通じて出荷する。「お客さんに喜んで頂けると張り合いがあります。出来るだけ農薬を使わずにビニールの覆いをしたり自然界のルールを利用して虫のつき易い作物の間に虫が嫌う人参などを植えたりします。農薬は人間のカゼ薬と同じで使用量を間違えないように注意しています」。「日野市にはトマトやブルーベリー、稲城には梨があります。多摩市でも食の安全を踏まえた地域野菜のブランドを追求したい」。
閉鎖的にならないように毎月の東京都のセミナーで情報収集を欠かさない。
「私は農民ではありません。百姓です」。深く言葉の意味を考え農業に挑む若人の気概が印象に残った。 081101号掲載
‘働いてます’ カテゴリーのアーカイブ
働いてます~農業に挑む日々~太田盛久さん(28)多摩市
【働いてます】新聞を配達する日々 愛宕新聞センターにて(多摩市)
朝起きると新聞が来ている。新聞は休刊日を除いて必ず配達される。それは配達する人がいるから…
多摩市和田の『愛宕新聞センター』は、同市落合の『豊ヶ丘新聞センター』と並んで、スポーツ紙を併せ各銘柄の新聞を全て扱っている。愛宕全域、鹿島、松が谷、東寺方の一部、約6千8百所帯を担当する合売店だ。
毎日、午前1時半から2時45分ごろ、新聞各社のトラックが朝刊の必要部数の束を運んで来る。全紙が揃うと配達区域別の部数仕分け、配達順の部数セット。各新聞で別々の広告を地域指定にも注意して折り込み一人が担当する約200戸への新聞を揃える。午前4時前にはバイクに積んで配達スタート。店のリーダーも配達スタッフも毎日午前2時には出社する。時間に追われる作業の日々だ。
愛宕新聞センターの朝刊担当で働く舘野豪(ごう)(23)・古賀裕希(ゆうき)(18)の2青年に出会った。共に地元の人だが舘野さんは知人の紹介でここに来た声優の練習生。古賀さんは新聞社の奨学金による明星大学情報学部1年生。共に月曜日から土曜日まで勤務する。
古賀さんの日々は…
「午前1時半起床。2時に出社。配達が終わり5時前後に帰宅。フロと朝食。6時頃眠るが、学校は9時に授業開始のため8時起床で大学へ。帰宅は遅くても午後5時頃。レポートや読書などで11時就寝」。
舘野さんは…
「同じく朝の作業と配達が終わって5時前後に帰宅。シャワー・朝食。別に書店のバイトのため午前8時までに六本木に行き午後4時まで勤務。それから声優の養成学校に行くため、1日3時間位しか余裕がない。電車で寝たり時間を有効に使います」。
友人との会合も早く切り上げる。日曜日は休息で遊び回る暇はない。
配達は殆どエレベーターのない5階建の団地。朝刊はカードで確認しながら各戸のドアのポストに入れるが、5階まで速足で登っては下る作業の連続。
新聞一部が厚い大型雑誌ほどになる時にはポストに入らない。その重さよりなぜ床に置いたなどの心ない苦情にも耐える仕事だ。
2人にはご家族もいるし相談する人もいる。しかし自ら選んだきつい仕事で自己を超えようとしている。他の同業青年も多分同じだ。
「いつの日か花咲かん」。かつて見た映画の、このタイトルが思い浮かんだ。 080501号掲載
“働いてます”~ゴミ収集作業の日々~「多摩興運」の仕事
4月1日、多摩市でもゴミ減量を目的にゴミ袋の有料化が始まった。この機会に、広くニュータウンのゴミ収集作業に「ご苦労様」の言葉をお伝えしたい。
いま多摩市では、収集作業を4事業所に委託している。その中で多摩興運(株)は、ニュータウン開発初期の昭和38年、地域を清潔にという地元の要請で「多摩清掃」として発足した創業の歴史を持つ。昭和46年に現在の社名に改称された。
76人の社員を代表し若手で地元の柚木順一(26)・坂東俊春(26)・鈴木斉昭(24)の皆さんに聞いた。
濃く日焼けした顔色は日々の作業を思わせるに十分だ。入社の動機は知人の紹介で、いわゆる3K職場だが「よし、やろう」という気持ちだったという。
朝7時30分出社、朝礼、8時に2人一組で収集車スタート。午後5時まで昼休みを経てひたすら収集。休日は隔週の土曜日と日曜日で祝日は関係ない。
担当地区の団地、マンション、戸建て住宅などを収集車で回る。ゴミ置き場は数が多く場所も様々で簡単には覚え切れない。「助手として同乗し3ヵ月位で地図を身体で覚えます」。
住民とは収集現場で会うことは少ないが「まず挨拶を」。これは最初の車で先輩から伝えられる。
雨の日も風の日も、走行可能なら雪の日も、収集は住民との約束。一番厳しいのは猛暑の夏。コンクリートの照り返しで路上は気温40度以上にもなる。
「みんなケガはしています」「ビニール袋を掴む手袋が切れることがある」。焼き鳥の串、バラなど植物のトゲ。剪定した細い枝などは手のひらに刺さる。生ゴミの袋の中に割れたコップや剥き出しの刃物が入っていたり、不燃ゴミに紛れたスプレー缶やライターのために収集車が火災を起こしたこともある。
収集車は収集が済むまで担当地区を一日平均4回、ゴミの多い年明けなどは7回も回る。可燃ゴミ・不燃ゴミ・粗大ゴミは唐木田の処理場、ダンボール・ペットボトル・新聞・雑誌などの資源ゴミは諏訪のエコプラザに運ぶ。夏の生ゴミは異臭との斗いだが「忍耐と慣れです」と言う。放置ゴミとカラスや野良猫の仕業は住民の知る通りだ。
「収集日の午前8時までにカゴやバケツに入れて下さい」。「有料化の減量効果はどうでしょうか。様子を見ます」。3人の青年たちには、一途に現場で働くプロの姿勢が窺われた。 080401号掲載

