【23】ニュータウンのバス交通をめぐって(1)段階的開通の鉄道を補完したバス

 多摩ニュータウンの第1次入居は昭和46年(1971年)3月、多摩市の諏訪団地から始まった。
 一帯はまだ荒漠とした開発途上で南多摩郡多摩町や稲城町の時代、双方の市政はこの年の11月1日に施行されたがニュータウン地域に鉄道はなかった。
●鉄道開通年譜
 ・すでに京王電鉄は昭和41年、調布駅からの分岐線で大正時代に開業した京王多摩川駅(旧京王多摩川原駅)を高架駅に改築し、京王多摩センターまでの新線建設に着手していた。
 46年4月・京王よみうりランド、49年10月・多摩センター、63年5月・南大沢と鉄道は段階的に伸びて、橋本までの相模原線が完成したのは平成2年3月だった。
 また小田急電鉄は49年6月・新百合ヶ丘~小田急永山、50年4月・多摩センター、平成2年3月・唐木田までの多摩線が開通した。
●鉄道補完のバス輸送
 ・いま多摩ニュータウンの公的交通機関には、京王・小田急電鉄、多摩都市モノレールそして京王グループのバス・神奈川中央交通バス・小田急バスがある。バス路線は電車の各駅を中心に基本形がほぼまとまったと言えるだろう。  とかく交通手段より団地などの箱物が早く完成するのは日本の通弊だが、ニュータウンに京王・小田急の鉄道が開通するまで、バスは団地から在来駅を直結する輸送機関だった。
 諏訪団地の入居が始まった昭和46年3月26日、バスは諏訪2丁目~永山地区~聖蹟桜ヶ丘駅の団地輸送を開始した。翌47年3月16日には愛宕団地~桜ヶ丘の輸送が開始された。
 一方、南大沢の団地群は58年3月に入居を開始したが、鉄道が開通するまで暫定運行として南大沢団地~多摩センターのバスが乗客を運んだ。
 鉄道の建設状況に応じてバスは鉄道を補完していた。ただ初期の具体的な記録はいま見いだせない。京王電鉄広報部の協力による昭和49年12月末の三多摩路線図が最も古い公式記録で、バスは桜ヶ丘に集中している。開業間もない多摩センターからのバスは鶴川、山王経由桜ヶ丘の2系統だったように読める。駅の乗降客は1日平均1149人、夜は淋しい高架線の下におでん屋の屋台が出ていたというのもこの頃だろう。

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