アレどうよ? (5) 高齢者所在不明問題

 「敬老の日」という言葉が空しい。
 存否が分からない100歳以上の高齢者が全国で240人以上にのぼり、年代を下げて調べればさらに増えるという。行政の怠慢、民生委員の仕事ぶりもさることながら、家族がいても問題があることを如実にした。同居家族が何十年も不在を放置、あるいは隠蔽し、調査に対し様々な理由を述べているが、?と思う前に背筋が寒くなる。
 かつての還暦・古稀・喜寿・傘寿・米寿と続く長寿を祝う節目も平均年齢が80年代の今、元気な老人像が求められ、年齢相応に老いていくことが難しくなり、長寿がめでたいと喜べない厳しい現実が高齢者を取りまく。生・老・病・死の四苦に加え、孤立という切なさが追い打ちをかける。経済的、身体的に弱い高齢者は家族への負担を負い目に、家族から離れ、家を出て行かざるを得なくなる。施設に入居出来ればまだ幸い、独居、孤独死、行旅死、無縁仏となり果てる。あまりに哀しい…。
 年金が目当てで同居させられている。実子と同居が叶ったものの邪険にされ、邪魔者扱いされ、老残の身をはかなんで自死、というケースが最近、身近で起きた。遺族に反省の色は見られない。地域にいて、手を差し伸べることも叶わず、無力だった己が恨めしい。個人情報って何だ!おせっかいは疎まれ、弱者は疎外されるばかりだ。
 地域の連帯、家族の絆、行政への信頼が揺らいで国家の形もぼやけている。歳をとらない人はいない、誰も死からは逃げられない、相当に幸運な人以外は孤立・無縁は誰にも迫って来ることなのだ。高齢者をいたわり、敬う気持ちを忘れた人は人間ではない。7月1日現在の稲城市の100歳以上の高齢者は40名(最高齢107歳)。多摩市は15名(最高齢107歳)。八王子市212名(最高齢111歳)。所在は確認されているという。ホッ。 100901号掲載