小田急「唐木田駅」開業20周年 ステンドグラスのある駅

昭和55年6月、一面に咲いた花菖蒲

 

 多摩市西南端の唐木田地区。ここに小田急多摩線の「唐木田駅」が開業したのは平成2年(1990年)3月27日だった。今年3月、同駅は開業20周年の春を迎える。
 一日に2万人以上が乗降する唐木田駅。その半円形の天井には正面と反対側に花菖蒲をモチーフにした2枚のステンドグラスがある。また駅前広場の床には花菖蒲を描いた陶板が数枚はめ込まれている。駅が出来る以前の昭和59年頃までは駅前となる付近の小さな谷戸(谷の入口)には一面に花菖蒲が咲き初夏を彩っていたという。
 地元の横倉鋭之介氏の記した『唐木田物語』によれば、駅から約5百メートル西方にある唐木田稲荷神社に接して、かつては陰取り池という沼地があった。そこが花菖蒲発祥の場所だった。その後、唐木田地区には初夏6月に50種類にも及ぶ菖蒲の花が咲き乱れる景観が生まれていた。また昭和50年頃までは付近の谷戸の山裾には「野花菖蒲」もひっそりと紫色の花を咲かせていた。花菖蒲の里と呼ばれる起源はここにあった。
 唐木田駅のステンドグラスと陶板は、いまも花菖蒲の里の面影を無言で伝えている。しかし、どこからこの着想が生まれたのか、誰の作品か。いまのところ建設に当たった鉄建公団にも鉄道運営の小田急にも記録はない。心ある、そして不思議さも秘めた作品だ。
◇花菖蒲はいま
 やがてニュータウン開発により地元の人々は集団で仮移転した。6千株にも及ぶ花菖蒲の苗も唐木田から7~8百メートル北方の中沢池公園に移された。新たに花菖蒲の里になった中沢池公園では開園記念の6月には毎年野点の市民茶会が開かれていたという。中沢池には今年も花菖蒲か元気に咲くことだろう。  

 「唐木田」地名の由来に意外な歴史
「唐木田」の地名の由来を吉祥院住職の津守弘範さんにお尋ねした。
 時代をさかのぼること千数百年、4~7世紀の朝鮮半島三国時代。唐と新羅の連合軍に敗れ、660年に百済、668年に高句麗が滅亡。大和朝廷とも友好的な関係であった百済から王族や貴族を含む人々、高句麗の人々が渡来し、一部は大阪生野や奈良北葛城に、多数は多摩川北部に居住した。また唐からの渡来人は多摩川の南側に住んだので「唐木田」の地名となったという。吉祥院の裏山には唐沢山の名があるそうだ。
 
 『多摩市の町名』(多摩市発行)によると「唐木は唐来のことで、唐(から)は韓(から)の借音仮字だとすると唐の人が来て田地を耕したところ」、あるいは「崖崩れによって木が埋まったことから枯木田が訛った」などの説もあるようだ。
 いずれにしても「唐木田」は風土記にもある古い地名だ。今も受け継がれている多摩市の町名。由来からも奥深い歴史が伺われる。 100301号掲載   

駅構内から見上げたステンドグラス

 

昭和60年1月頃、造成工事中の唐木田地区

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