本紙創刊40周年記念、ニュータウンを語る

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ニュータウンの出来たいきさつを語る当紙社主

 10月3日ベルブ永山にて、弊社40周年記念イベント「シネマ&トーク」を行った。多数の方々にご来場頂きお礼を申し上げます。
〈第1部〉映画「永山ウーマンライフ」上映…多摩ニュータウン第一次入居以来団地に住む一人の主婦に焦点を合わせた作品。「空が狭くて驚いた」という言葉に象徴される団地での閉塞感と、そこで自分らしい生き方を見つけるまでが描かれている。制作は日本映画学校(川崎市)の学生。
〈第2部〉トークタイム
「多摩ニュータウンを語ろう」…司会進行の下、弊社社主と2008年度多摩市成人式副実行委員長を務めた徳辰徳さんとのトーク
 「そもそも多摩ニュータウンが出来たのは、高度経済成長期の国策に基づいたものと受け取られているが、それだけではない」。
 戦後、この地方の一大産業であった養蚕が壊滅し、それに代わる産業を試行錯誤していた。多摩丘陵の背中に頼る農業から抜け出すため、雑木林をゴルフ場にし(売り)、それを元手に近代化を図ろうとした。その後もう一つを作ろうと永山地区の土地を取り纏めている間に土地の値段が上がり、計画が頓挫していたところに、住宅公団(当時)から“多摩ニュータウン”の話が持ち上がった。「社会を変えることが出来るのは、自由で大胆な発想が出来るよそ者・新鮮な感性と馬力のある若者・独断と偏見で行動する変わり者の存在があったからだ」、と当時の変わり者が言えば、今の若者も「外に出れば井戸端会議を見かけるし、多摩は緑も人もいっぱいで温かみのある街」と語る。
 徳さんが生まれたのは昭和63年、そごうやサンリオピューロランドがオープンした年。「今、複合施設にはサークルなどで高齢者の方が集まって、いろいろな活動をしている。音楽や絵画などの文化を通して仲間を作ってはどうか。友達から友達へと、つながりを広げていけるのではないだろうか」と言う徳さんに、「イベントやお祭りはコミュニティが広がるきっかけになる」と社主。
「ニュータウンに住む人がどうやって力を出していくか。いい人材を掘り起こして、協力し合ってこの街を作っていく。難しいことではあるが、それだけにやりがいがある。そう思って毎月新聞を発行している。今回の催しもその一つ」と盛り上がり、予定の時間を少々過ぎて幕を閉じた。
 これからも多摩ニュータウンの皆様をつなぐツールの一つとして、多摩ニュータウンタイムズを捉えて下さいますようどうぞ宜しくお願い致します。 091101号掲載

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