
毎年、春と秋の彼岸に行われる
稲城市・百村で今も春と秋のお彼岸の前日・お逮夜(仏事を行う前の日)に農家の女衆が集まりお念仏を唱える講が開かれている。
「きみょうちょうらい彼岸とは何と彼岸ともうすなり、しゃばと冥土の境には天色、地色の木が茂りその木に花咲くその時をそれを彼岸と申すなり、なむあみだんぶつ~」礒村時子さん(88歳)と内田久子さん(64歳)が叩く鐘にあわせて皆んなが唱和する。お念仏の宿は持ち回り。今日は山中操さん宅が回り念仏の宿だ。宿主は当日の早朝に道の辻に立ち、お念仏の時に使う鐘を叩き、今日はお念仏ですよと御近所に知らせる。
釈迦と阿弥陀仏を称え念仏を唱えると極楽浄土に往生できると一遍上人(鎌倉時代)が民衆に説き広まった。念仏講は外出も自由に出来なかった農家の女衆が日頃の重労働の慰労会も兼ね、息抜きの社交の場として昔から続いてきた。
八つ念仏の後にはお茶の時間になる。手作りのお惣菜や漬物が並べられ、お喋りに花が咲く。講中のメンバーは80歳代の榎本スエさん、榎本クラさん、松本フミさん、松原八代子さん、若手は64歳の玉野淳子さん、山中さん。世代を超えた女性たちの交流の場でもある。「念仏を唱えているうちに現世の不平不満の気持ちが薄れ穏やかな気持ちになってくる。来世では幸せが待っている、そんな気持ちになれるひと時が念仏講」と山中さん。
念仏の終わりが「蓋」、宿をした家に感謝の気持ちと、その家が代々栄えるようにと「今日申したお念仏を、黄金のお盆に積み上げて、弥陀さまへと差し上げて、おいとま申すよ弥陀様に」と唱え、鐘と鐘叩きが古びた箱にしまわれ次の宿を務める家が持ち帰る。 091101号掲載
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