唱歌のことば今ここに 「村の鍛冶屋」

 唱歌「村の鍛冶屋」は大正元年(1912年)、尋常小学校4年生の歌として発表された。文部省唱歌のため作詞・作曲は不詳だが唱歌の中でもリズミカルで元気のいい歌として長く全国の小学校で愛唱された。
 歌詞は当初4番まであったが戦時下の昭和17年、平和を歌う3、4番の歌詞が教科書から削除された。
 さらに戦後には歌詞が難しいとして「いっこく者」は「働き者」に、「鐵より堅い」腕は「永年鍛えた」に、「刃物」は「打ち出す鋤鍬」に変えられた。昔の歌詞を知る方には、鍛冶屋を誇りとし勤勉に日々の労働に没頭している、という感がやや失われたように思われるかも知れない。
 しかし農業や林業の機械化につれて道具の需要が激減したため鍛冶屋が姿を消していった昭和50年代、槌音を立てて働く光景が児童には想像しがたい、として残念ながら音楽教科書から次第に消えていった(ここでは戦後の歌詞を掲載)。
 この地域にもかつては稲城の長沼や坂浜に、多摩は落合や乞田に鍛冶屋があった。日野の三沢には10年ほど前まで露木鍛冶屋があり、近隣では最後まで続いた鍛冶屋さんだった。
※走る「湯玉」(1番)…水で濡らした槌で赤く焼けた鉄を叩く時に、湯が小さな玉になって走り回る様子   090601号掲載

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