- 2003-01-15 (水) 12:00
- 【連載】多摩ニュータウン

500年もの間人々と共に生きつづけてきた落合の小泉家裏の「ヒイラギの大木」。多摩ニュータウンの開発によって、京王相模原線の計画路線内に入ってしまった。
にわかに「鉄道」か「ヒイラギ」かで大きく注目されることになった。地元市民らは保存の運動を起こし、都や住宅公団に対しても保存要請を行ってきた。なかでも近くに住む浜西節郎市議(当時)が保存要請を市議会に提案し、昭和48年、ようやく多摩市天然記念物に指定された。12月には都、住宅公団の両者が移植費負担を承認し、当時の市議会の可決によって移植することになり、その後8年間にわたって移植のための根回しや養生が続けられた。
しかし樹体の老衰は思ったより著しく、枯れる枝などが目立ち、移植しても活着がほとんど期待できないということと周囲の環境が変わってきてしまったために、玉川大学教授の診断などにより、59年5月天然記念物の指定が解除され、伐採されることになった。 すでに多摩センター駅まで開通している京王相模原線の駅西方200㍍の所の鉄道敷に予定されているところで、延伸のための整地が急がれていることもあって、7月16日、まず養生のために根元の空洞部分に詰め込まれていたコンクリートが取り除かれ、チエーンソーにより500年の命は断たれたのだった。
伐採された幹の一部は郷土資料館に展示して永く後世に伝えていくという。伐採までに都や住宅公団、都住宅供給公社などが移植準備や養生のために要したた費用は総額約694万円にもなった。この経過は16ミリ映画、スチール写真などに収められている。
他にもこのニュータウンの開発によって多くの銘木古木が消えていっている。
落合地区だけでも峰岸久男さん宅の「さいかちの大木」、唐木田の稲荷神社の御神木「山桜の大木」も58年の暮れには切り倒された。 またこの地域の名産「禅寺丸(柿)の古木」も数百年以上と思われるものだけでも100本を越えていただろう。
私の庭にも300~400年は経っていると思われる白一重咲きの「山茶花の古木」も中沢公園に移してもらったが枯れてしまった。
せめてもの救いは川井家に生き残った「しだれ桜の大木」が毎年春に沢山のつぼみをふくらませてくれることだ。
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