- 2002-12-01 (日) 12:00
- 【連載】多摩ニュータウン
平成5年12月、突然『平成狸合戦ぽんぽこ』のビデオテープが届いた。このアニメ映画のプロデューサーである鈴木敏夫さんからだった。
そういえば以前「多摩のタヌキについて話を聞きたい」と、スタジオジブリ取締役制作部長でもある鈴木敏夫さんと大塚雅彦さん、監督の高畑勲さんがお見えになったことを思い出した。『あの時話したタヌキの映画が出来上がったのかぁ』と思いながらも、そのまま書棚に仕舞い込んでいた。
何ヶ月も過ぎた頃、「横倉さん、ぽんぽこの映画にどう関わったのですか」と知人に尋ねられた。「映画の終わりで、横倉さんの名前が協力者のところに出ていますよ」と教えてくれた。
早速ビデオを見る。懐かしくまた美しい多摩丘陵の風景、タヌキが喋る言葉には、かつて自分たちが日常話していたような会話や身近な人の名前が出てきたりして、何とも気恥ずかしいやら、おかしいやらで思ず笑い出してしまった。
民放でも何度か放映された。映画は、人間がニュータウンの開発に伴ってタヌキたちの住み家となっていた多摩丘陵の自然を破壊し、強引に宅地造成を行おうとするところから始まる。タヌキたちはこれにマッタをかけようと知恵をしぼって抵抗運動を開始するが、人間による開発はいっこうに止む気配はなく、自然の景色や姿は失われていってしまう。どうしても力が足りず、ズルズルと後退していく。そんなタヌキたちの賢いけれどどこかドジな姿に笑いながらの同情、そう、これは悲しい話なんだと強く意識させられる。作家、池澤夏樹さんは「面白うて、やがて悲しき…」とこの映画を評している。タヌキたちのしぶとい抵抗は、圧倒的な実力の差のもとに行われる戦いの結末を物語っている。
しかし大事なのは、彼らがいかなる価値のために戦ったのかである。映画はそれを最後の場面で見せてくれる。タヌキたちは残った力をふりしぼって、かつての緑薫る多摩丘陵の姿を再現して見せる。春の小川にはオタマジャクシのいる澄んだ水が流れ、田んぼには一面レンゲの花が咲く。タヌキたちが失ったものは風景だけではない。自分たちの暮らしそのものだった。
その姿は多摩丘陵の豊かな自然とともに穏やかに暮らしてきた自分たちの姿に似ているのだ。タヌキたちは私たちの思いを映画の中で代わって演じてくれているような気がする。
制作から10年、アニメ映画でありながらも人の心に残る原風景とそこでの人間らしい暮らし、いつまでもそうありたいと願う人たちに深い思いを伝えてくれた優れた作品だと思う。
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