【19】新住事業に都が動き出す②

由木の地主さんの中には売買代金から新たな事業に気前良く投資している人たちも見かけた。用地買収に当たった都の職員はある時、京都で芸者を挙げて遊んでいる人を見かけた。その人がなんと由木の地主さんだったりしたので全く驚いたという。
 また八王子仲町にある料理屋は一時期由木の地主さんたちで持ちきりで、ゼネコンなどの入る余地もなかったという。
 このようにニュータウンの用地代金の一部が各地に流れて行き恩恵をもたらしていたことがうかがえる。
 一生に一度でいいから、札びらを切って、女性を侍らせ殿様気分を味わって見たいという思いがあったからこそ、用地買収も進んだとも言えるのであろう。
 多摩の場合は用地買収に当っていた唐木田出身の横倉というものの二の舞を踏んではいけないという事から、旦那が料理屋通いで店の女性に札びらを切るようなことは奥さん方がさせなかった。財布の紐をしっかりと締め、無駄金は遣わせなかったのだ。それでも二、三の方はやはり八王子の仲町などで一時的に大番振舞いの遊びをしたようではあるが、これも奥様に知られることになり長くは続かなかった。
 区画整理地区が換地処分に決まり、用地の活用に当たってもこれらの気質が既に現れていて、現在の街づくりにも大きな影響が出てきているものと感じている。
 堀之内駅周辺の区画整地内の街づくりは古くからそこに住んでいる地主さんたちの考えが大きく反映しているものと思われる。
 多摩ニュータウン通りの沿線を見るとその違いを見ることが出来る。自分が建てたマンションの一階などで自らが家族と一緒に仕事をしていたのなら街並みは大きくかわっていたのだろうか。
 街の活性化は、地元の人たちが「この街で」商売や事業を営み、地域の変化の実情を肌で感じていくこと。やはりこの昔からの方法が街を活性化し、地域の発展に繋がっていくものと思う。
 よく観察してみると、都の職員「北条さん」が言う、三市にはそれぞれ違った地域性のようなものがあったのだ。勿論その地域性は今でも残されている。

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