【13】その時多摩は動いた(5)

二人は靖国神社の拝殿に並び、百円玉を賽銭箱に投げ入れお参りを済ませた。
 その時何を祈ったのかは忘れてしまったが、二人はそれぞれの思いで手を合わせたのだった。
 とにかく、正月なんだから記念の写真を撮ろうということになり、山門の菊のご紋章を背景に高村君は腰を掛け、私が立っている写真となったのである。
 数年経ってから写真を見たら、いかにも田舎者が上京してきましたという姿である。
 オーバーは厚手の膝下まであるような長いもので、マフラーも時代遅れの厚手のものであった。

 ふと気が付くと高村君が拝殿の脇で「おみくじ」を引き、開いているのが目に入った。私は近づいて『おみくじなど引くとは珍しいこともあるなあ』と思いながら「どんなことが書いてあるんだ」と聞くと彼は、突然後ろ向きになったと思ったら、素早く両手でおみくじを丸め、ポンッと自分の口の中に放り込んでしまった。ゴクンと飲み込んでから、「大切なものだから腹の中に収めてしまった」と言う。
 何が書いてあったのかと私がしつこく聞き出すと「思うように進め」と書いてあったと言う。
 私はこの高村君の言葉を疑うことなく、透かさずこれに答え、「住宅公団に決めた」とその場で考えを明らかにし、高村君もこれに同調し、「よし、やろう!」「明日から住宅公団、ということで全力で進めよう」と二人は決意を確かめ合った。
 腹が決まったところで、再び靖国神社の拝殿に手を合わせ、改めて仕事の進展を祈った。進む方向も決まって、二人は意気揚々と市ヶ谷の駅に向かったのだった。
 後で分かった話ではあるが、あの時の「おみくじ」は本当のところ、「凶」だったという。もしこのことを横倉に知らせたら、多分この用地の取り纏めを投げ出してしまうだろう。私のやる気をなくさないようにしなければと思い、「思うように進め」という言葉が咄嗟に出たのだという。
 確かに、あの時二人の心に動揺が起きていたら、今日の多摩ニュータウンが出現していたかどうかは疑問である。
 それを懸念して高村君は私に見せず飲み込んでしまったのだ。多摩における住宅公団との関わり合いはこの高村君の咄嗟に出た一言によって始まった。そしてこの一瞬によって、多摩ニュータウンという住宅都市の開発が始まり、自然豊かな多摩丘陵が変貌を遂げることになったのだ。

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