(前回に続く)
地域に住む地主だけでなく他県に住む地主との交渉も必要とされ、それは横倉社主と高村さんにとっては、まさに東奔西走の日々だったという。
多摩に住む人々の生き残る道を多摩ニュータウン開発という大事業にかけ、用地買収に人生の一時期を費やした二人。開発に関わった者として、今もなお多摩ニュータウンの将来を静観することはできないでいる。
多くの人が快適な生活を送ることのできる住宅都市多摩ニュータウンの実現。それは都市住民だけでなく、多摩住民にとっても憧憬の近代都市の姿として映っていたのかもしれない。
今、多摩ニュータウン開発は収束に向かっている。高村さんは、買い手のつかない未利用地を懸念する。
「土地をもっと安くすることで、企業を誘致することはできないか。多摩ニュータウンをベッドタウンにはしたくない」という。
「ささやかで、平凡で、小さな暮らしをするのが多摩ニュータウンだ」
また横倉社主は、「土地はすべてニュータウンに変わってしまったけれど、生まれ育った地が終の住居であることが幸せだ」と、いった。
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