【13】古い伝統の政治が消えた多摩
無責任社会が出現

 二月二十三日多摩市長の鈴木邦彦氏がゴミ収集業者から収賄容疑で逮捕されたという、多摩市にとっては前代未聞の報道が 新聞やテレビで全国に流されるや多摩市民の心のなかには動揺が走った。
 将来を嘱望されていた市民派の青年市長の失脚である。
 その直後から市長室のEメールには「この大バカヤロー」「ふざけんな」などという市民から怒りの声が次々と寄せられて きたという、当たり前の話である。
 多摩市民の怒りの声は前市長及びその関係者にも及んでいる。自ら市長になりたいといってなったのに何ということなのか 、なぜこんな事件が起きてしまったのか、魔が差したと言えばそれまでだが、全くお話にならない。市民をなんと心得ている のか問い正したくなる。
 昨日告示された多摩市長選は新人5人の戦いとなったが各陣営は中央政界の影響を受けてなのか、横浜市長選に習ったのか 、従来の選挙とは様変わりした選挙活動を進めている。いずれの陣営でも政党や政治団体からの推薦や支援を受けないという のが今回の特徴のようである。
 政党不信が続くなかで政党離れが進み、多摩の地区は無党派層の人たちが多く、その人たちの票が当落を左右するようにな る。不安定な地方政治と利権政治が多摩市の様な小さな自治体にまでも浸透してきたのだ。
 このような事が今回の事件を引き起こすことになってしまったのだと思う。
 その背景を遡ってみると戦後昭和三十年代までは純農村だった多摩村に国のてこ入れによって新しい住宅地の開発が行われ てきた。多額の国家資本が投入され道路や上下水道やガスも整備され、鉄道もモノレールを含めて三社が乗り入れられ、近代 都市へと変貌を遂げてきた。それは多摩ニュータウンという新しい街がもたらした金にまつわる収賄事件として若き市長を巻 き込んで行ったのだろう。
 「揺れる多摩」と言われる程今の多摩市には「政治がない」と言われている。政治がないところに経済も成り立たないから 、「多摩の未来はない」と言うことにもなる。
 政治に携わる人の資質が問われているのである。
 私も多摩ニュータウンの最初の頃の開発に係わってきたことから、この開発が多摩にこんな政治を作り出してしまったのか と思うと責任を痛感せざるを得ません。国や都が開発を進めてきたことから地元の人たちや、ここに移り住んできた人たちは 街作りに責任をとらなくても良かったのだ。
 近代都市の建設が進められてきたにも関わらず、街づくりに責任を取るものがいない無責任社会が作られてしまったのだと 言わざるをえない。
 代々この地に住んでいた人たちは礼儀正しく秩序も保たれ、安全を確保するために一人一人が責任をもっていた。夜など雨 戸を閉めずに開け放しでなんの心配もせずに眠ることが出来た。今考えると驚きの様なものだ、こんな社会が脳裏に蘇ってく る。
 多摩は村のときから庶民のリーダーといわれる人たちは自分の労力はもとより自分の財産までも投げ出して、地域の安全や 暮らしを守ってきたことを思うと、市長が市民から集めた、貴重な税金で業者からワイロを受け取るなど考えもつかないこと である。
 今の地方政治家は根本の考え方が違うのだろう。
 昭和五十年代から大きく変化した市議会の分野や議員の資質がその根源になっていたように思う。いずれにせ、多摩ニュー タウンの出現によって多摩の政治は大きく変わっていったのだ。

 次号につづく(横倉記)

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