筆舌~明日の多摩を考える③~未来へ問題を抱えたままの街 横倉舜三

 新しい都市は出来たけれど、何か物足りないものを感じる。それは街を作った人や責任者がこの街に住んで居なかったり、街を作ってきた当時のいきさつなどを説明する人が少なくなっているからかもしれない。小さい時からの友達や知人が近くにいないなどからこの街に住んでも本当の街を理解できずにいる人々が少なくないのではないか。
 過去の農村社会のコミュニティ組織は完全に陰を潜めてしまっているが、既存の地域には伝統ある神社、仏閣などがあり、今も祭りが行なわれている。ところがいまだにこの氏子や檀家には入りにくく、それが地域になじみにくい原因ともなっている。結局は住民共通の拠り所がない。
 この街に物足りなさを感じる、いま一つの理由は新しい街の未来に向かって新しい希望を強力に進めるリーダーを求めているということにもなるのではないだろうか。
 そのリーダーは、金や個人的な思惑で地方政治の権力の座を得ようとする人ではなく、真に多摩を愛し地域に精通し、多摩の未来に対しても愛情を持っている人であって欲しいと思う。
 このような理想的なリーダーを市民は選び出すことが出来るのかどうかが今後の大きな課題でもある。
 それは長い時間と多くの人々の知恵と忍耐と努力が積み重なって実現するものだと思う。そのためのシステム(仕組み)作りから始めなければならない。
 明治、大正にかけて由木村には八王子と横浜を結ぶ橋渡し的な鑓水商人が誕生して一躍地域経済のリーダーとなっていった。
 そのリーダーたちは次のステップである南津鉄道の建設に乗り出すことになったが、ときあたかも昭和初期の経済恐慌に遭遇し発起人や株主として事業推進に貢献した人達は自分の私財を投げ打つ結果になってしまい、由木村は個人資産とともに多くのリーダー的人材をなくしてしまったのである。
 また戦後は旧来の人脈も一新され、南多摩広域自治圏構想へと変わって。八王子市に合併して由木村はこの時点でも人心を一変させた。
 さらにニュータウン開発によって多くの入居者を得たものの、今度は人材の発掘が困難になってしまった。 090301号掲載

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