- 2009-02-01 (日) 9:01
- 【連載】乞田川
乞田川沿いの田は、多くが谷戸にあった。この辺りは、特に冬は日があまり当たらないので、大抵は一毛作で、冬は田んぼもひと休みだ。それでも山から浸み出す湧き水で、田んぼはいつもじめじめとしていた。寒い日には10㎝はあろうかというタッペ(霜柱)が出来たという。そんな寒い場所にも生き物が棲んでいた。
田んぼにいる巻貝「タニシ」が、秋の終りに泥の中に潜って冬眠している。もう少し暖かくなれば、それらは目を覚ましてごそごそと動き始める。どこにこんなにいたかと思う数のタニシが泥を這い、田んぼに模様を描く。
そうなると子どもたちの出番だ。忙しい大人達に代わって、タニシを捕る。タニシは貴重なタンパク源だ。桶を持って、ズブズブと足の沈む田に入ると、逃げ足の速いタニシはあっという間に泥の中に潜ってしまう。子どもたちも負けまいと、目ざとく見つけては捕った。小さいのは子貝なので、まだ捕らない。大きいのだけ捕まえる。
捕ったタニシは、殻ごと大鍋で茹でた。茹で上がると、貝のふたに竹串を刺して身を抜く。これを佃煮にしたり、味噌汁に入れて食べた。
乞田川の堰から田んぼまで堀が造られており、その土手にはフキノトウ、ナズナ、ノビル、ホトケノザ、セリなどが自生していた。
春の七草で知られるセリが美味しいのも今頃。2、3月頃のセリは、色は茶色く葉が地面に添うように広がり、最も香り高い。まさしく「旬」のものだ。当時は子どもも鎌を使って、根元から刈った。セリは、4月を過ぎると色が緑に、茎も上へと伸び風味は落ちてしまう。香りや色の変化、触れた感じだけでなく、味覚からも季節が感じられた時代だった。
この辺りには行商が月に2~4度ほど訪れたが、魚はあっても貝は売れないからか、持って来なかった。貝といえばタニシか堀にいたシジミで、それしか食べたことがなかった。
あんなにいたタニシは、昭和20年代に農薬を使うようになってからは見なくなった。そして、田んぼも姿を消した。
今、乞田川沿いの植物で食べられるものは…。ヨモギ、ツクシ、桜の実?間違いなく国産ではあるけれど、愛でるくらいがせいぜいであろうか。丸みを帯びてきた桜のつぼみが、タニシの“子ども”に見えなくもないI? 090201号掲載
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