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たまには多摩語り 【嫁入りの行事】結婚式を御祝儀と言った

 農閑期の1月から3月、農家では結婚式の時期だった。縁談のまとめ役をする人をハシカケと言い、話がまとまると双方の家では仲人を決め、吉日を選んで酒などを持って行き婚約が成立した(クチガタメ)。イイノウ(結納)には、仲人・ハシカケ・親戚代表等が奇数で、つの樽・はさみ箱に名刺や土産品を入れて先方に持参し、この時に結婚の日取りや人員などを決めた。昔は結婚意識を御祝儀と言い、家と家とを結びつけるものだった。当日の午前中または午後早目に仲人夫妻・婿・親戚代表・組合代表等が相手方の両親への土産や半紙に婿の名前を書いた名刺などを持参し、提灯をさげていく。これをシンキャク(新客)と言い、嫁方ではご馳走で迎えた。婿が引き揚げた後、華美な振袖に角隠しの盛装をした嫁とともに、嫁方は提灯をさげ土産を持って婿の家に向かう。嫁が出た後の実家では、戻り返らないようにと座敷を掃き出した。婿は嫁が来ても出迎えないが、婿入りの場合は嫁が婿を出迎える。婿の家に着くと、火が付いたたいまつを持った男の子と女の子がトンボグチの左右に立ち、嫁はこれをまたいで勝手口から家に入る。この時、嫁の頭上には、高望みをしてはいけないとの意味で、蛇の目傘がさされる。嫁側の客人は玄関や表縁から入り、持ってきた提灯は火を消さずに嫁側と婿側の祝言の挨拶が終わるまで表口に並べておいた。座敷では、床の間を背にした正面に両仲人の男が坐り、その左右にハシカケ、縁側を背に婿と男の客人、向かい合って嫁と女の客人が、それぞれ席順に従って坐る。嫁の左右には両仲人の夫人が坐り、嫁の面倒を見る。下方中央には祝宴の司会をするオショウバンが2人座した。最初に礼酒(冷酒)が出され、オショウバンから始まり左右同時に杯がまわされ、次いで燗酒がまわされる。披露宴では3回吸い物が出され、嫁は色直しに3回着物を着替えた。酢の物と蕎麦が出されたら、祝宴も終盤。プッツワリボタモチが客人に出され、嫁と婿にはオタカモリ(椀に高盛りした飯)が出る。最後に嫁が茶を出して式と祝宴は終わりとなる。翌日、嫁は角隠し姿で組合の老女に付き添われ、半折の半紙に名前を書いた名刺を持って近所に挨拶してまわった。嫁入り道具は、紋付・留袖・晴れ着など一生分の着物を入れたたんす、2組の寝具を入れた長持、下駄箱、たらい、張り板、断ち板、針箱、鏡台、小物類ははさみ箱に入れて、嫁入りの前日に荷車で運び、荷造りに用いた菰・縄などは、嫁が実家に帰らないようにと、すべて持ち帰った。 20001.1.1号掲載

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