- 2000-07-01 (土) 14:29
- たまには多摩語り
谷戸田の水がわずかに温む4~5月になると、子どもたちは桶を持って冬眠から覚めてくるタニシ拾いをした。田植えの前と秋の稲刈りが終わった頃のことだ。ずぶずぶと足の沈む湿田に入ってのタニシ拾いは農家の食卓を飾る貴重なたんぱく源でもあった。タニシは田に棲む巻貝で右巻き。夏頃になると雄貝は死に、雌貝は体内でかえした子貝を産み、さらに3年ほど生きる。生まれた子貝はすぐに這うことができる。秋の終わりには泥の中にもぐって越冬する。タニシは淡水で水が淀んでいる所に生息し、少しでも海水の影響を受けるところでは棲めない。その昔、多摩の落合地区の谷戸田にドブッ田と呼ばれたところがあった。谷戸田は、一ノ宮や関戸地区のような乾田に対して、湿田で、山と山に挟まれた谷に作られたことから谷戸田と言った。山から湧き水が滲み出してくるため、谷戸田の湿地を水田にすると一年中じくじくと水底の柔らかいドブッ田となり、足はおろか腰まで入ってしまう深さがあった。それでも水田として利用するため、冬の間にかき集めておいた落葉の堆肥や青草を腐らせたものや有機質の肥料を入れるので、泥の中の有機質が大好きなタニシにとってドブッ田は格好の棲み処だった。田んぼに広がったタニシの這った跡が模様のように見える。そうしたのどかな風景も、時としてさーっと飛んでくる白鷺や時雨や夕立に驚かされる。あわてて素早く泥水に潜り身を守るタニシ。日照り続きのときも凌いで生きていく。タニシ拾いは子どもたちの役目。水面に出てきたところを捕る。小さいものは来年に残し大きいものだけを拾い集める。タニシは大鍋で茹でてから、貝のふたの部分に竹串を差込み、持ち上げてくるっと回すと身が抜ける。これを佃煮や味噌汁、酢味噌和えにして食べる。夏のタニシは味は良いが臭み(泥臭さ)がある。タニシには昔からいろいろな効用があると言われ、身を干して乾燥させたものは「水当たりに効く」と旅行に持って行ったそうだ。開発の進んだ多摩ニュータウンでは水田を見かけることも少ない。子どもたちがタニシを手にすることもなければ、それを食べることなど無に等しいだろう。湿田にあれほどいたタニシも農薬には勝てず、滅んでいった。緑したたる草木の育つ山から水の滲み出した湿田、谷戸田は過酷な条件ではあったが自然はあふれるほど豊かだった。セリや蕗などの香り高い野草、タニシ・しじみ・どじょうなどの生きもの…。人々も自然の恵みを受けてきた。生きものがいる、タニシがいる。自然が生きているということだった。多摩ニュータウンでタニシを捕って食べたことのある人たちは、今はもう70才を超える人たちだろう。 2000.7.1号掲載
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