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乞田川 多摩を潤した川⑤ 矢口優

 乞田川源流の唐木田地区に、様々な昔話が伝わる。
 
「おしゃもじさま」
 むかし、樋口山の森の近くに、おばあさんと孫娘が住んでいた。孫娘のお母さんは娘を産んですぐに亡くなり、お父さんとおじいさんは戦争に行ったまま戻らないのだった。
 その頃は作物がよく実らない年が続いて、村じゅうの人々が貧しい暮らしをしていた。それでもおばあさんはせっせと働き、孫娘はそれを手伝ってどうにか暮らしていた。そしてご飯を炊くたびに、森の中にある石神様の社に少しばかりのご飯を供えた。石神様は、その家の守り神だった。
 ある年のこと。この村に悪い病が流行った。孫娘も高い熱が出て何日も寝込んだ。おばあさんは昼も夜も看病したが、なかなか良くならない。おばあさんが疲れてうとうとした時、夢に孫娘のおじいさんとお父さんが現れ、こう言った。
「石神様に行って、孫娘が良くなるようにお参りしてきておくれ」。
 次の日の朝、おばあさんはさっそく石神様にお参りに行った。すると
「この米を孫娘に食べさせるがよい」という声がした。おばあさんが顔を上げると社の前に真っ白い米があった。
 おばあさんは有り難くいただいて帰り、それを孫娘に与えた。孫娘は苦しくて食べる元気もなかったが、石神様が下さった御飯だからと、なんとか一口食べ、もう一口食べた。食べるたびになんだか体が楽になり、とうとう全部食べた。
 孫娘が食べ終わってから、おばあさんは大変なことに気がついた。「石神様のお供えを忘れた」。
 ご飯は孫娘がすっかり食べてしまって、釜の中は空っぽ。おしゃもじに少しご飯粒がついているだけ。しかたなくおばあさんは、そのおしゃもじを持って石神様に行き、それを供えた。
 おばあさんは家に帰ってびっくり。あれほど苦しんでいた孫娘の熱がみるみる下がり、その日のうちに起き出せるようになったのだ。あくる日にはすっかり元気になって、畑仕事を手伝えるまでになった。
 この話はたちまち村中に広まり、病人のいる家はみな、石神様におしゃもじを供えた。そして、どこの家の病人も元気になった。
 それから、村の人々は石神様を「おしゃもじさま」と呼ぶようになった。
 
 「おしゃもじさま」を訪ねた。唐木田駅西、えのきど公園付近。もう社はなく、ここに小さな祠があったと札が立つのみだ。鬱蒼とした木々の奥を覗き込むと、季節はずれの大きな蚊に襲われ、慌てて森を出た。
 この話は『唐木田物語』(著者の横倉鋭之助氏は9月に亡くなられた)に収められ、他に「源耕地の怒り井戸」「影取池」などの話が残る。 081101号掲載

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