私たち市民も、いつかは隣接市との合併の問い掛けに答えなければならない時がやってくるだろう。行政も市民の合意がなければ決められるものではないからである。
この地域では、私たちの先人たちが何度かにわたって合併問題に取り組んできた経過がある。そのことは、いま歴史の問題として忘れ去られようと している。しかし私たちは、その事実を知ることによって対応を間違えないようにすることも大事であろう。
昭和57年から58年にかけて八王子市の鹿島、松が谷地区住民が「多摩市に編入したい」という、住民運動がにわかに起き上がった。
多摩センター地区の商圏や文化圏の隣接に位置しているが行政が異なることから日常の行政サービスに格差があり行政界統合を訴える住民運動を巻き 起こした。受入れ側となった多摩市は、議会もこの要請を受入れを認めていたものの、当の八王子市は市民の訴えに対し市議会も同意を与えず、この運 動は住民の期待に応えることなく終息してしまった。その見返りとしてか由木東市民センターが建設されたいきさつがある
松が谷、鹿島の人たちのたっての願いも無残に葬り去られることになった。その原因となったのが、遡ること20年前の昭和37年から39年にかけ て、かっての由木村が合併問題で八王子市に合併する派と日野市に合併する派で村が二分されるという一大合併劇が演じられた。
その結果八王子市に合併することで決着が付けられたものの、そのしこりが20年後の鹿島、松が谷地区の行政界変更の請願に対する判断の足を引っ 張る結果となってしまったのである。
旧由木村は八王子市と共に養蚕と生糸と織物の地場産業が盛んであったが戦後これら産業の衰退する中で、由木村という行政の基盤は弱くなりつつあ った。そのことから合併によって一気に住民の不安を解消しようとした、焦りがあったようだ。
一方多摩村は由木村の合併で先を越された恰好で自立の道を探らざるを得なくなって住宅都市の道を歩むことになったが、いままた他人事では無くな
ってきている。
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