農への叫びが聞こえるようだ

今年も様々な出来事があって間もなく2002年の幕が降りようとしている。
 多摩ニュータウンの開発に反対を表明してきた方として知られている堀之内の酪農家、鈴木昇さんが10月31日に亡くなった。
 いや反対と言うより、都市にも農業は必要だという主張を言い続けてきた人である。
 11月3日の葬儀に参列し、戻ってきて喪服を着替え食事をしながら孫の前でポツット弱音を吐いてしまった。「このニュータウン開発は失敗だった」と一言漏らしたのだった。開発に反対の急先鋒であった鈴木さんが亡くなって、推進してきた者として戦いは終わったように思われるが、鈴木さんの意思は息子さんにちゃんと引き継がれている。
 私も多摩の農家に生まれ育ったので鈴木さんの気持も理解でき、反省させられた一日となった。
 鈴木さん宅の周囲に今も残る豊かで静かな自然を目の当たりにして、私は「開発によって自然に恵まれた生活の全てを失ってしまった」かのような思いになっていた。
 現在の多摩は緑が再生し、自然が蘇ったように思うかもしれないが、私たちは開発前の過去の自然の生活が今でも脳裏から離れないでいる。それは私一人の思いではないだろう、多くの農家の思いでもあるだろう。
 それに引き替え鈴木さんは、開発に抵抗して農を守り抜いてきた。その力強い意思は決して自分のためだけではなかったように思えてならない。
多摩センター地区でも東部区画整理の審議委員として、また農業委員など長い間にわたって開発に役割を果たしてきた小林正治さん(80) も十月二十四日に亡くなった。多摩ニュータウンも今次の世代に移り変わろうとしているのだろう。
 多摩丘陵のスプロール化を防いで、道路や鉄道を開通させ、計画的で便利な街づくりには成功したもののソフトの面では長い伝統ある人々の繋がりを断ち切り、しきたりや習わしまでも壊してしまって再生出来ないところまで来ている。

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