蟻は甘い蜜のあるところに集まる。しかし、蟻と蟻の間にいかがわしい問題は起こらない。人間も美味しい話のある所に集まるものだが、そこには必ず問題が起こる。私欲が絡むからである。
現代の人たちに「誇り」を持てと言っても無理なのであろうか。
「誇り」には、もともと利益も金も役得も付帯しない。だが、人間の生活から「誇り」を取り去ったら、何が残るであろうか。万物の霊長ではなくなり、単なる動物と同じになってしまう。
贈収賄、汚職、と後を絶たないのが政治の世界であるが、多摩という新しい街でも、前市長はゴミ収集業者からの収賄で失脚した。現市長の時代になってからもゴミ業者が古紙の売却代金を着服したなどという事件もあり、多摩市のチェック機関が機能しなくなっているのではないかと心配している。
そんな矢先、「多摩を愛する市民に告ぐ」と題し、「多摩伏魔殿化を糾弾せよ!」との怪文書が出回った。その内容は、市有地の売却をめぐる多摩市長の行動を暴挙と位置づけ、又特定古参議員の悪行を暴いている。
真実かどうかは分からない。だが、このような文書が流れるという事自体、多摩の行政がおかしくなっていることを物語っていると言えるのではないか。
唐木田駅前にあるケーヨーデーツーの店舗拡張時、都・警察・多摩市の立会いの元、地元との話し合いが行われたが、地元が指摘した交通問題事項について多摩市は何の手も打てず、業者の言いなりのような状況になった。以前、多摩センターSW地区のわんにゃんランド建設に当たって、地域住民との四者合同協議会の中でも地域住民の声は殆ど採用されず、公団と市により強行採決されてしまった。
このように、市側は住民側ではなかったのだ。住民全体のことを考えていたのなら、こんな事態は起こらなかったはずである。
蟻に見習うべきは人間である。050115号掲載
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