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多摩ニュータウンタイムズについて
多摩ニュータウンの入居開始を控えた1969年、新しい街の地方紙(地方新聞)として創刊し、以来、多摩ニュータウン及びその周辺地域(多摩市、八王子市、稲城市)の皆様に最新ニュースや生活情報などを提供してまいりました。今日まで読者の方々をはじめ皆様からのご支援を頂き、おかげさまで創刊40周年を迎えました。 今後ともご愛読を賜りますようお願い申し上げます。 配布エリア:多摩ニュータウンの全域(多摩市、八王子市、稲城市)

乞田川 多摩を潤した川④ 矢口優

乞田川の暗渠の上に置かれた鶴の碑 昔々、乞田川の水辺には、鍋鶴という名の鶴がたくさん住んでいたのだそうだ。
 当時、鶴を殺した者は打ち首にする、という領主の厳しいお触れがあった。ところがある日のこと。山王下に住んでいた者が、誤って鶴を殺してしまった。本人はもちろん部落中の人が「打ち首にされるのではないか」と心配になり、仕事が手に付かなくなった。
 その頃落合の名主をしていた五兵衛という者は、機知に富む上、人情家であった。五兵衛は領主の屋敷を訪れ、「今、村で鶴を殺したとかいう妙な噂が流れているが、それは鍋鉉(鍋の取っ手)を図師(現在の町田市)の鍛冶屋で打ってもらった話の間違いだ」と申し出て、なんとお咎めなく済ませた。
 鶴牧、という地名はこんな歴史から生まれたとも言われている。
 名主の五兵衛は姓を川井と言い、家は脈々と続いて、子孫は今も鶴牧に居を構えている。場所は乞田川が暗渠から姿を現す、鶴牧西公園のすぐ燐。
 川井家と乞田川にまつわる昔話がもう一つ。
 大正12年の関東大震災で川井家の裏山が崩れ、その土砂が乞田川を堰き止めた。溢れた川の水は川向いの田んぼに流れ込み、田んぼの持ち主が、多くの人を使って乞田川の土砂を取り除いた。すると土砂の中から古銭(青銅製の天保銭、戦国時代のもので中央に四角い穴がある)が一万枚近くも出てきたのだ。
 その所有については山の持ち主か、という説もあったが、結局は掘り出した者の所有となった。古銭を得た家では毎夏、古銭を縁側に干していたとか。土砂と一緒に運気まで流れ込んだのか、その後その家は手掛ける事業がことごとく成功し、多摩の資産家として名を知られることになった。 
 ちなみに古銭は戦争中、「お国のために」と供出され、もう見ることはできない。  
 川井家の敷地内に佇むしだれ桜は、高さ17メートルを超え多摩市の天然記念物に指定されている。幹の太さはもちろん、大きく枝垂れた一枝一枝がまるで一本の木のごとく立派な様子は、一見の価値がある。春の花咲く頃には、さらに美しい景観を楽しみに訪れる人も多い。 
 但し、見学・写真撮影は「宅地内に入らず公園から、ごみは持ち帰りで」という現地の看板を一読の上で。  081001号掲載

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