乞田川 多摩を潤した川③ 矢口優

 瀟洒な造りの小田急多摩線唐木田駅。建物上部に埋め込まれたステンドグラスと、駅前広場の床タイルに描かれた「花菖蒲」。これも、乞田川が潤したものの一つであった。
唐木田駅舎のステンドグラス この辺りの、山の裾野の川に面したところにはかつて、色は紫、花弁が三つの「のはなしょうぶ」という野生の菖蒲が咲いていた。近くには稲荷神社があり、その南側の谷戸には、影取り池という沼地があった。そこにまつわる昔話にも、花菖蒲が重要な役割をもって登場する。
 この地域では、乞田川の水を利用して花菖蒲の栽培を熱心に行う家もあり、人の手による交配も進んだ。毎年6月を迎える頃、唐木田の谷戸は色とりどりの花菖蒲が咲き誇り、華やかな光景が広がった。
 「菖蒲の里」と呼ばれ、多摩ニュータウンに入居した人たちなどが足を運んだ。「菖蒲の里」では、梅雨の時期に訪れる方を歓迎し、抹茶を振る舞った。花菖蒲が咲き誇る田んぼの中に、なんとお茶席を作ったのである。
 野点傘を立て、漆塗りの立札棚をおいた。亭主は着物姿でお手前をし、近所の若い女性が箏を演奏する。余程仰々しかったのか、最初こそ気軽にお茶を飲む雰囲気にはならなかったようだが、回を重ねるにつれ、気軽にお茶に立ち寄る人が増えたとか。
 しかしここも、ニュータウンの造成工事が始まった。乞田川は地中深く沈められ、当時6千株あった花菖蒲は昭和58年に中沢池公園(多摩市中沢)に移された。それに伴い昭和59年以降は、同公園の広場で「多摩市民茶会」が行われるようになった。
 第1回は、多摩市茶華道連盟による野点席を始め、表千家、裏千家、裏千家立札、煎茶清泉幽茗流の、五つの茶席が、それぞれに趣向を凝らした席を設けた。参加者は着物姿の女性ら約700名という、空前の大茶会であった。茶会は平成2年まで行われた。そんな花菖蒲の面影が今、駅を彩っている。
 もう一つ。駅に向かって右手にある大きな長いオブジェをご存じだろうか。答えは、戦後しばらくの間まで行われていた養蚕の証、「かいこ」。こちらも乞田川を利用した産業である。
 ニュータウン、と一つにくくるなかれ。歴史は意外に、あちこちに残されている。 080901号掲載

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