- 2008-08-01 (金) 11:21
- 【連載】乞田川
曲がりくねった乞田川と住民の生活道路は、縄を綯うように交差しながら、下流へと続いていた。
重なるところには橋を架けた。最も水源近くの橋は土橋。人が飛び越えられる程の小さな流れでも、牛や馬は水を怖がり渡ろうとしない。両岸の土の道と同じように見える橋を造った。まず長い栗の木(栗の木は腐りにくいため)の丸太二本を渡して、上に道幅(1m位)の丸太を並べ、その上に菰(むしろの古いもの)をかぶせ土を載せて固めた。縁には欄干の代わりに芝を植えて出来上がり。これで雨が降っても土が流れない。農耕の行き帰りや、養蚕で作った生糸を運ぶため、人と牛・馬が橋を渡った。この橋を介して八王子の別所へ、町田の小山田へ、さらに抜けて横浜へ、そして唐木田へと、多くの人が行き来した。
今となっては橋どころか川も見当たらないが、土橋の地名だけは残っている。唐木田駅前から別所方面に登ると、左手に小さな公園がある。土橋公園だ。前にあるバス停は「土橋」。その地下には水管が通り、実は現在も湧き水が流れる。
唐木田中央(バス停)の辺りには、石の橋があった。大きな石が採れたわけでもないこの土地に、立派な石の橋が架かっていた。その訳は、近くにあった稲荷神社。そこへ上がる30段の石段に使った石と、この橋の石がどうやら同じという言われがある。神社を建てた頃に、この辺りに大地主がいて、大きな石を調達し、橋も合わせて作ったと推測されている。
他は、木の橋。長い丸太を渡して、その上に板を並べた。しかし大雨が降ると、流されることも度々であった。これらの橋は、昭和の初めにコンクリートへと変わった。
うだる暑さが続く毎日。先日、乞田川に入って遊ぶ小学生を見かけた。「いいなあ」という童心と、「果たして入っていいのか」と止めようとする、大人の気持ちがせめぎ合った。しかし、近くにある看板は微妙な言い回しで、どちらとも選べず、ふがいなくもその場を離れた。
多摩市によれば、乞田川は距離が短い割に勾配が急で、沢をいっぱい抱えているため、ひとたび大雨が降ればあっという間に水かさが増すとのこと(川の南側から合流する水は全て沢の水。青木葉、瓜生、馬引沢など。決して生活排水ではなく!)。柵は乗り越えないように、川岸まで降りられる個所は大人の判断で、ということだった。 080801号掲載
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