筆舌 新しいまちづくり後悔先に立たず(1) 横倉舜三

 “多摩ニュータウン開発”の原点とも言うべき用地の確保に係わってきて以来40年の歳月が流れようとしております。振り返ってみると、開発の発端となった当初の住民の思いや希望は殆ど成就出来ていません。反省ばかり先に立ち、開発施行者や行政、そして地域政治家など。これまでも再三に渡って苦言を申し上げて参りましたが、改めて当初からの思いを伝えたいと思います。
 そもそも、この大開発の発端は多摩丘陵一帯が桑畑に埋め尽くされており、養蚕という産業が各農家に根付いていたところに、戦後石油製品の登場により養蚕という一大産業は壊滅の憂き目を見ることになってしまい、それに代わる産業や職業を見い出すためのものとして、住民は新しいまちづくりを選択したのです。
 それは安定的な豊かさを求めていたからです。その結果、信頼のおける公的開発施行者に用地を提供し、その活用を委ねたのです。
 計画人口30万人の都市が造られるとあっては、そこからあらゆる産業や事業が成り立ってくるものと大きな期待と希望を持ったのです。だからこそ多くの地主さんたちの賛同と協力が得られたのです。
 今考えてみると、このような地元の人々の思いと期待に果して応えることが出来ただろうか、用地の取りまとめに携わった者として元地権者に対し裏切りであったと受け取られても仕方がないとも思っています。
 当時、私自身も新しく完成するだろう30万都市に大きな期待を寄せ、新たな事業展開で地域に先鞭をつけようと、桜ヶ丘地区や初期入居の諏訪・永山地区商店街に出店をしたものの、赤字続きで結果は倒産という運命をたどることになってしまいました。
 ところがこのような状況になったのは私だけではなく、生活再建という措置により商店街に出店した多くの人たちも閉店、撤退を余儀なくされ、さらにそうした状況を見た地元の他の人たちも事業展開に対して期待と夢を失うことになってしまったのです。それは大手百貨店の「そごう」でさえも撤退するという事態になってしまいました。
 生活再建で転向した人たちが今日まで継続できていたら事態と開発評価は大きく変わっていたであろうと思います。  080701号掲載

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