このところ多摩センター地区は都市再生機構の未利用地処分によって大規模マンションが次々と建設されている。公共施設用地とされていた場所にも大規模小売店舗の建設、またモノレール駅前に七階建の商業ビルの建設も予定され、多摩センター地区の賑わいも取り戻しつつあるようだ。
名実共に「センター」としての位置づけをするには、まだまだの感はあるが、鉄道三社の乗り入れを実現したことは正に街の発展を促す基本的な要件を備えたということが言える。
だが、今ひとつ何か決定的な街の核となる施設がほしいということであろう。 「まち」とは人が住み、集まり、そこには仕事があり、情報が集まる。人々にとって価値のある場であるということである。
人々の集まる場はそこに核があるからである。従来は、寺や神社であったりしたのだが、現代はそれに代わるものは行政の官庁なのかもしれない。
そこで多摩センターに残されている用地はモノレール駅南側の中央第三駐車場のある場所であろう。
この場所の利用如何によっては多摩センターの価値や街の性格も一変してしまう。 私はここに多摩市の中枢機能としての市役所及びその関連する施設をもってくるということが望ましいと思っている。
そのことによって多摩センター地区の核ともなり、多摩市の「センター」(中心)ともなるはずである。用地の確保は都市再生機構との交渉如何にかかっているが、実現するためにはここでも地域政治家の出番が必要になってくるだろう。
明治維新では「都」を京都から江戸(東京)に移して人心を一新させ維新を成し遂げた。 東京都庁は丸の内から、西新宿に移り、副都心と位置づけたが今や完全に都の中心地区に一変した。古くは奈良の大和、平城京などの遷都により、新たな政治を進めてきた経過から見ても時代の転換期を乗り越える手段としての遷都ともいうことが出来る。
多摩ニュータウン開発という一大転換期を迎え40年を経た今、遷都の必要性を痛感している。施工者の撤退した後の住民によるまちづくりの第一歩が多摩の新庁舎を多摩センターに移すことから始めるべきだろう。次回に続く。 080501号掲載
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