
中進士さんの教育者としての経歴は到底書き切れない。主要な全国中学校長会会長、中央教育審議会委員の歴任、現在は多摩市教育委員会委員長だけ記そう。
委員長は教育委員会の最高責任者。インターネット検索でも多摩市の教育は好評なようだ。しかしここでは一人の大人として忌憚のない意見を伺った。
中さんには忘れられない事件がある。中学校校長会会長になって間もない平成6年11月、愛知県で中学2年生の大河内清輝君がいじめと現金の恐喝を苦にして自殺した。事件を軽々には言えないが一部のメディアを先頭に学校側を悪として責任を問う声が高まった。その後もいじめや自殺は絶えない。
中さんは被害者を傷みながらも敢えて原点を言う。「親が尋ねて清輝君が言わなくても、繰り返し何万円も持ち出す異常な状況をなぜ家庭で気がつかなかったのか。親は四六時中子供を観察できるのに」。
中さんは昨今の親と学校の注意点を語った。
「もし親が錯覚して学校をけなす快感を持てば、それがそっくり子供の世界に入って来る。子供のいじめと親の発散する学校批判は同じです」「先生は地域と保護者によって育ちます。正しい忠告と情報は先生を育てるが抗議と悪口で先生は育ちません」。
「義務教育の先生は学者である必要はない。必要なのは学習への動機付けの成否です。子供たちがいかに自分たちの社会を作り上げるか、楽しい社会を作るトレーニングの場所が公立学校の使命です」。かつて児童たちは休日に先生と一緒に遊び遠くにも出掛けた。子供は授業より先生の背中を見て育つという。いま先生と子供たちの交流はどうなっているのだろうか。
昨年12月に施行された改正教育基本法には「国を愛する態度」が明記された。「子供が自分の親を好きになる家庭であって欲しい」「国を愛するとは、まず自分が好き、自分の家庭が好き、自分の学校が好きになることです」。しかしいまの子供は自分が嫌いになっていないか。「教育に王道はありません。子供はそれぞれ伸びる途は違います。子供の個性や特性をどう見つけるか。子供をよく知るのは親です。教育はここから始まる」。
子供の教育はまず家庭から始まる以外にない。 2007.4.1号掲載
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小池百合子さん ヴァイオリン奏者 多摩市在住
~姉妹と母はピアノですが…~



わたしは小学6年生の子供を持つ親です。
多摩市内の中学校に今年から通っている生徒に聞いたのですが
陰湿ないじめが横行していて、それを担任に相談した所、、
見て見ぬふりをして、いじめられている生徒には問題は解決したと
言い放ったそうです。
悩んだあげく登校拒否を、その子はしたそうですが。
一学期の終わりに学校側から連絡がきて、今度は本当にいじめ問題は
無くなりましたので登校して下さいと言われ、その言葉を信じて終業式に
出席をした所、問題はさらに陰湿になって、その子を襲ったそうです。
学校が悪とは思いませんが、実際の所、、逃げている教師も少なくないと
私は思います。
私生活(家庭内等)での道徳を含む教育は親が道しるべとなる事が
出来ますが、学校内で事件(いじめ)が起きている時間には、
親が間に入る事は難しいのではないでしょうか?
”親の発散する学校批判”と書いてありますが、、
実際にいじめを行われている子供の親の立場で考えると、
”発散”という簡単な言葉で片付くものでしょうか?
ましてや学校を批判しようと思っている親は、いじめをされて悩んでいる
両親にはいないと思います。
いま流行?のクレーマーと”いじめをされている子供の親を混同する考え”は
危険だと思います。