昭和50、51年の5月~多摩ニュータウンタイムズ・バックナンバー~

 

もう梅雨に入ってしまいましたね。
こちらの更新がいつもより遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。

今回は、6月になってしまいましたが、昭和50年5月15日、昭和51年5月1日、15日発刊の多摩ニュータウンタイムズをまとめてご紹介します。
(下の日付をクリックするとpdfファイルが開きます)

 

まずは昭和50年5月15日の紙面から

多摩ニュータウンの住民にとって、都心に直結する動脈である京王相模原線に次いで、小田急多摩線も開通しました。
しかしこの頃は乗客もまばらで、鉄道会社は赤字必至の運行開始となりました。
50/5/15 1面

この頃の市議選のポスターは、公営掲示板の役目がほとんど果たせず、写真のあるとおりのまさに公害となっていたようです。
50/5/15 2面

多摩ニュータウンは未開発の土地がまだ多く、工事現場など危険な場所が多数ありました。そんな造成予定地内で、子供が事故死するという痛ましい出来事もありました。
50/5/15 3面

ニュータウンには子供や高齢者が多く、交通事故も増加していることから、多摩市では交通事故防止の一環として自転車専用レーン、ファミリーサイクリングロードが設定されました。
50/5/15 4面

 

次は、翌年昭和51年の5月1日付の紙面です。

この春も、多摩ロータリークラブ主催のバザーが盛況に催されました。
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この年の桜の植樹で、現在も北諏訪小の桜は見事に咲きました。
51/5/1 2面

この年の4月、聖蹟桜ヶ丘の雑居ビルで大規模な火災訓練があった様子が、写真とともに掲載されています。
51/5/1 3面

この年の4月から、昭和2年に開設され約50年もの歴史を持つ小田急線の「新原町田駅」が、「町田駅」に改称されました。町田市が急激に発展し、利用者と商業施設が急増したことがきっかけとなりました。
51/5/1 4面

 

次は、同月の15日付の紙面です。

住居や鉄道の開発に伴い、道路の開発事業も進んでいます。
川崎街道の拡幅工事がほぼ完成し、聖蹟桜ヶ丘駅周辺は見違えるほど発展しました。
51/5/15 1面

昭和49年に発足した多摩寄席は今も受け継がれ、毎年秋に多摩市民館で開催されています。
51/5/15 2面

3面に大きく掲載されている写真の記事の仁王様は、現在も岩手県遠野市の対泉院でご健在です!
51/5/15 3面

今ではワンマンバスが当たり前になりましたが、この頃までは京王バスに車掌さんの姿もみられました。
51/5/15 4面

 

次回は40年前の6月のバックナンバーをご紹介する予定です。
どうぞお楽しみに。

 

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※紙面の状態が判読しづらい部分があることをお詫び申し上げます。
保存してあります本紙の状態を考慮し、できるかぎり読みやすい状態で修復しながらファイル作成をしておりますので、何卒ご了承ください。