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峠の石像に秘めた「ひとの心」
作家 西村寿行

多摩ニュータウンタイムズについて
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もの言わぬ動物たちの死
峠の石像に秘めた「ひとの心」
作家 西村寿行

  • 2002-03-01 (金) 0:02
  • 生活

3-1a.jpg …これは此の世の事ならず死出の旅路の裾野なる西(さい)の河原の物語り…
 荒涼とした三途の河原で、みどり児たちが雨にうたれ雪に凍え泣きながら石を積む。もう父母はどこにもいない。やがて地獄から出てきた鬼が石を崩し、みどり児がたおれるまで折檻する。その時、右手に錫杖、左手に宝珠を持ち、かすかに黄金の光をたたえた地蔵菩薩が現れ、みどり児たちはひしとすがりつく…「地蔵和讚」の伝える、彼岸にある黄泉の国の物語りだ。
 無宗教・無信仰
 バイオレンス小説の巨匠として定評のある作家・西村寿行さん(71)は、多摩市に住んでから二十年ほどになる。自宅には精悍な白い紀州犬が番犬をつとめ、近くに娘さんご夫妻と女学生の二人のお孫さんがいる。静かな住まいだ。
 西村さんはこれまでにミステリー小説をはじめとして百六十点以上の作品を発表してきた。この活動の経歴で類例がないと思われるのは、ある時期に『闇に潜みしは誰ぞ』『峠に住む鬼』『垰(たお)』そして『地獄』など、石仏像や地蔵尊が登場して読者の心に迫る作品を書きつづけたことだろう。代表作『修羅の峠』では地蔵和讚が重要な役割を果たしている。
 なぜ、西村さんは取材と調査を重ねて石像や地蔵尊を書くのか。その心に潜む理由は何だろうか。
「小説は、虚構でも妄想でもどうにでも書けます。実際の私は神も仏も信仰心は一切ありません」。意外にも、西村さんは宗教と完全に距離を置く自分を語った。
 香川県の出身だが、若いころ冬は南北アルプスの雪山で猟師、夏は海の漁師、業界紙の記者などを経験した。
 子供のころから書くのは好きだったが、文壇に登場したのは三十七歳の時、大きな鷲と猟犬の死闘を書いた『犬鷲』が『オール読物』に掲載されてからだった。それから一気に小説を書き始めたという。
 白雪にえがいた血の輪
 西村さんは動物が好きだ。「動物はうそをつかない」。
 簡単な言葉だが、ひとつの重い出来事があった。
「猟師の時、冬山のアルプスで山鳥を撃った。落ちた山鳥が積雪に首から突っ込み、尻尾だけ出して震えていたが血が尻尾に上がって雪の上に血の輪をえがいて死んだ。それを見た時に猟師をやめようと思った。その場で二十発あまりの散弾を虚空に撃ちつくして猟師をやめました」。
「動物や鳥はものを言わない。真っ白な雪と鮮血の光景は忘れません。人間はそれ以上してはならないことがある」。国体級の技量だった射撃も捨てた。
 峠の石像の心
「地方の路端にはかならず道祖神がいる。廃道になった峠には草に覆われて仏の石像や地蔵が立っている。昔は地域の境界石にもなっていた」。
 取材に歩いて記憶に残るのは、新潟・糸魚川から長野・塩尻まで日本海の塩を運んだ塩の道だった。狭い渓谷の底を道が通り冬は豪雪の積もるかつての千国(ちくに)街道。その地方の峠道には幾体もの牛頭観音、馬頭観音、地蔵菩薩の石像が立っている。「牛や馬が荷物を運び、峠の坂道で脚をすべらせ谷に落ちて死んだ。とくに雪道では力があるため重い荷物を背負った牛が多い」。

3-1b.jpg 「これまで家族同様に過ごした牛馬のために、飼い主が村の石工に頼んで掘ってもらったんでしょう」。
「変哲もない石に刻まれた素朴な石像だが…それだけに、私がひかれるのは、はたらいてものを言わずに死んだ動物とその死を本当に悲しんだ飼い主の心が伝わるからです」。
 西村さんは人工の粋をこらした神社・仏閣、仏像などには関心がない。
「孫の七五三の時には家族がそろって近所の神社にお詣りすると言うんで、私は援助したけど行かなかった」。
 地蔵尊への回帰
 たとえ神仏に合掌しなくても、西村さんは宗教や信仰の安逸な否定論者だろうか。
 人間としての恐れと悲しみを知る心には、永劫の宗教心が潜んではいないのか。
「地蔵菩薩には敬虔な気持ちが出てくる」西村さんは自分の心をこう語った。
 自宅の庭にはいま、知人が彫った石の地蔵尊が二体、お孫さんの作った赤い前掛けをかけてすわっている。
「イメージがこわれるから本人より地蔵の写真の方がいい」この時、西村寿行さんはちょっと愉快そうだった。
◆にしむら・じゅこう 一九三〇年香川県生まれ(多摩市在住)

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