- 2002-10-01 (火) 17:03
- 【特集】多摩NT30年を検証
☆ 開館と運営 昭和六十二年十月三十一日、午前十時から多摩中央公園と『パルテノン多摩』の開館記念式典が行われた。関係者や招待客約千人が集う中に、当時の臼井千秋市長ほか四人のテープカット、鈴木都知事の祝辞、大階段に設定した舞台や館内でコンサートなどが披露され、施設は華やかに祝福のスタートを切った。
たしかに公園も建物も平凡な感覚を超えた異色の作品だった。そしてパルテノン多摩の運営管理は、市の一〇〇%出資により基本財産三億三千万円で設立された多摩市文化振興財団に委ねられた。
☆ 舞台裏を覗く
パルテノン多摩のたたずまいと館内の様子はいまでも大きな変化はない。大ホール(客席千四百十四名)小ホール(客席三百四名)や会議室などの館内は多くの方がご存じだろう。
ここで働く人は、役職の肩書を除いて簡単に言えば市からの出向職員十二人、学芸員を含む財団の職員十人。
さらに必要に応じて委託する音響・照明などの舞台関係者、電気・空調などの設備関係者、警備・清掃などの人々を併せると総数は約百人に上る。
一般の目に触れない舞台裏の設備はどうか。まず大小ホールともに舞台の袖が広く大道具の出し入れも楽だ。大ホールの舞台には奈落に上下するセリもある。楽屋は通路も広く一階に小ホール用の四室、地下に大ホール用の八室でいずれも近くに複数のシャワー室、洗面所・トイレが完備している。とくに小型の部屋にはシャワー又はバス・トイレが付いている。地下の楽屋と一階の舞台袖を結ぶ専用エレベーターもある。
これだけでも一般の中小劇場や市民ホールには及びもつかない設備なのだ。
☆ 文化とは?
かつての行政の配布物には「市民の誇りと象徴・シンボル」などの言葉が見られる。臼井市長も市議会で「広域文化の拠点」と発言している。すでに市は文化懇談会や文化コーディネーター懇談会を開き外部の有識者たちが開発後の理想を述べていた。また公団が自分の構築した作品を文化創造と自負するのも当然だった。しかし、歓迎した行政も市議会も地域の有力者も、現実となった未知の施設にどんな心で接しどんな文化活動を想定したのだろう。以後の責任はすべて地元に託されたのだ。
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