明日を拓く 「誇れる父親になって娘に会いたい」クーペさん

 落語家から落伍者に、噺が落ちずに自分が落ちたクーペさん。25年前に別れたきりの娘・幸江さんからの手紙。養育費も送らず放ったらかしにしてきたが忘れたことはなかった。恨まれていると思い込んでいた。
 その娘は周りに気遣いが出来る優しい大人に成長していた。今思い知った。破天荒に生きてきた自分に欠けていたものは周りへの思いやり。酒もギャンブルもきっぱりやめた。出せない返事を歌にして店で歌った。たまたま店の客が東芝EMIのプロデューサーで55歳にしてCDデビュー。娘に届けと願いを込めて曲を次々と作り出す。会えても会えなくても誇れる父親になろう!密かに店のトイレに「誇り」と書きつけた。
 しかしCDは売れず、Shifoさんと世界を廻るピースボートに乗る。水平線を見つめる日々。日常の些細なことに捉われ生きることはつまらないと悟る。その頃から支援してくれる人も増えてきた。新宿西口公園でホームレスの人が見つめる中でのコンサート。05ニッポン放送主催、日比谷野外音楽堂での単独ライブ、そして胸に期して福岡でのコンサート。ひょっとしたら娘が来てくれるかも。140万分の1の確率に賭けた。たまたま入った店の主人の紹介で、“娘を探して握るマイク”と新聞に掲載された。しかし、幸江さんは再婚した母と新しい家族の中で幸せに暮らしていた。大事にしてくれる養父への思いやりから、クーペさんに会いには来なかった。
 4日後、関戸の店で倒れた。Shifoんが南部地域病院に搬送。脳梗塞右半身麻痺、重篤だった。8年前から糖尿病も患っていた。荒んだ生活がたたったのか言葉もハッキリせず、右手が動かなければ絵も字も描けない。この先歌えるのか、暮らしはどうする…。せっかく芽を出した弟子のShifoさんの夢も潰してしまう…。ストレスと不安が限界に達した時、故林家三平師匠のおかみさんから手紙が届く。支援してくれている人達のために諦めてはいけない!リハビリのため多摩丘陵病院に転院。字、なかなかうまい。負けてない、相田みつをに。俺なんて5秒で書き上げる(クーペ談)人知れずトレーニングもした。コンサートで笑ってもらいたい。なのにこんな哀れっぽい姿では笑ってもらえない!11月に、よみうりホールでのコンサートが迫っていた。病院の反対をおして退院。絵もスゴイ。落款がなければ大家の絵画と見まごう(クーペ談)店で歌いながらリハビリを続ける。右手を庇いながらもステージに立った。「天国に行ったけど、そこでも破門になって戻って来ちゃいました」。そしてその年のクリスマスイヴ。ホームページで父の病気を知った幸江さんから、初めての電話が…。別れた妻にソックリの声。最高のプレゼントだった。 つづく   071201号掲載

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