昭和51年の6月~多摩ニュータウンタイムズ・バックナンバー~

 

今回は昭和51年6月の多摩ニュータウンタイムズをご紹介します。
(下の日付をクリックするとpdfファイルが開きます)

 

まずは6月1日の紙面です。

前年の「多摩市民祭」を機に募集した『多摩音頭』の歌詞が決定するニュースの一方では、幼児が車にはねられる死亡事故が、多摩ニュータウン入居開始以来2度起こったという痛ましいニュースも1面に並んでいます。
51/6/1 1面

多摩市貝取に廃材を利用した遊具を設置した児童公園の記事が大きく掲載されました。
51/6/1 2面

昭和40年に多摩ニュータウン遺跡調査会が発足してから11年目のこの年、まだ途中経過ではありましたが、それまでの遺跡調査を綴るコーナーを本紙で連載することになりました。
51/6/1 3面

市立図書館および地域図書館の整備やサービスの充実に伴い、現在では廃止となった移動図書館「やまばと号」は、始動3年目のこの年、全国一の利用頻度でした。
51/6/1 4面

続いて、ここから2週間後の6月15日発刊の紙面です。

市制の施行と同時に新設された、多摩市の「消費者相談係」に寄せられた問合せ例が採りあげられています。5年間で100件以上の相談がありました。
51/6/15 1面

多摩市の馬引沢団地に婦人消火隊が発足したのはこの1年前。それから1年間、この団地での火災はゼロでした。
51/6/15 2面

日野警察署管轄内における迷子の件数が、娯楽施設である多摩動物園やよみうりランドを抜いて、多摩市がトップという記事。ほとんどは住宅地のニュータウンでという意外な事実。
51/6/15 3面

昭和50、51年の5月~多摩ニュータウンタイムズ・バックナンバー~で掲載した「ジャンボ仁王様」のおこし入れが、写真付きで大きく掲載されました。
51/6/15 4面

今回は39年前の多摩ニュータウンタイムズをご紹介しました。
次回は昭和50年の7月に発刊されたバックナンバーを公開します。
どうぞお楽しみに。

 

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※紙面の状態が判読しづらい部分があることをお詫び申し上げます。
保存してあります本紙の状態を考慮し、できるかぎり読みやすい状態で修復しながらファイル作成をしておりますので、何卒ご了承ください。

 

昭和50年の6月~多摩ニュータウンタイムズ・バックナンバー~

 

今月も、7月になってしまいましたが、昭和50年6月の多摩ニュータウンタイムズをご紹介します。
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まずは6月1日の紙面です。

多摩市議会の顔ぶれや指標についての記事が一面を占めました。
50/6/1 1面

防災訓練があったという記事には、今では姿を消してしまった向ケ丘遊園とその前を走るモノレールが。
50/6/1 2面

現在でも「ガン保険」は進歩し続けていますが、40年前にはまだ目新しいかったであろう外資系保険のがん保険に、加入者が続出したというニュースがあります。
50/6/1 3面

ダイエット指導の結果の驚異的な数字が出ています。JOCA法と内容がとても気になるところですが…
50/6/1 4面

続いて同月15日発刊の紙面です。

多摩市の財源は厳しい状況のなかやり繰りしていたようです。
50/6/15 1面

この頃も現在も変わらず、物価の上昇に消費者は悩まされていたようです。
開発途中だった尾根幹線は、開発阻止の運動が諏訪地域で協議会も発足しました。
50/6/15 2面

関東三奇祭の一つである「くらやみ祭り」の写真があります。現在でも、この祭りは大変なにぎわい。
そして来る7月20日は同神社で「すもも祭り」が行われます。
50/6/15 3面

路上駐車の問題提起が、1つならず掲載されています。
小紙発刊当初からですが、多摩地域の開発に伴った自家用車の利用の急増、駐車場の設備がこれに伴わないことで、緊急時の交通事情にも心配が及んでいました。
50/6/15 4面

次回はこの翌年、昭和51年の6月に発刊されたバックナンバーを公開します。
どうぞお楽しみに。

 

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※紙面の状態が判読しづらい部分があることをお詫び申し上げます。
保存してあります本紙の状態を考慮し、できるかぎり読みやすい状態で修復しながらファイル作成をしておりますので、何卒ご了承ください。

 

昭和50、51年の5月~多摩ニュータウンタイムズ・バックナンバー~

 

もう梅雨に入ってしまいましたね。
こちらの更新がいつもより遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。

今回は、6月になってしまいましたが、昭和50年5月15日、昭和51年5月1日、15日発刊の多摩ニュータウンタイムズをまとめてご紹介します。
(下の日付をクリックするとpdfファイルが開きます)

 

まずは昭和50年5月15日の紙面から

多摩ニュータウンの住民にとって、都心に直結する動脈である京王相模原線に次いで、小田急多摩線も開通しました。
しかしこの頃は乗客もまばらで、鉄道会社は赤字必至の運行開始となりました。
50/5/15 1面

この頃の市議選のポスターは、公営掲示板の役目がほとんど果たせず、写真のあるとおりのまさに公害となっていたようです。
50/5/15 2面

多摩ニュータウンは未開発の土地がまだ多く、工事現場など危険な場所が多数ありました。そんな造成予定地内で、子供が事故死するという痛ましい出来事もありました。
50/5/15 3面

ニュータウンには子供や高齢者が多く、交通事故も増加していることから、多摩市では交通事故防止の一環として自転車専用レーン、ファミリーサイクリングロードが設定されました。
50/5/15 4面

 

次は、翌年昭和51年の5月1日付の紙面です。

この春も、多摩ロータリークラブ主催のバザーが盛況に催されました。
51/5/1 1面

この年の桜の植樹で、現在も北諏訪小の桜は見事に咲きました。
51/5/1 2面

この年の4月、聖蹟桜ヶ丘の雑居ビルで大規模な火災訓練があった様子が、写真とともに掲載されています。
51/5/1 3面

この年の4月から、昭和2年に開設され約50年もの歴史を持つ小田急線の「新原町田駅」が、「町田駅」に改称されました。町田市が急激に発展し、利用者と商業施設が急増したことがきっかけとなりました。
51/5/1 4面

 

次は、同月の15日付の紙面です。

住居や鉄道の開発に伴い、道路の開発事業も進んでいます。
川崎街道の拡幅工事がほぼ完成し、聖蹟桜ヶ丘駅周辺は見違えるほど発展しました。
51/5/15 1面

昭和49年に発足した多摩寄席は今も受け継がれ、毎年秋に多摩市民館で開催されています。
51/5/15 2面

3面に大きく掲載されている写真の記事の仁王様は、現在も岩手県遠野市の対泉院でご健在です!
51/5/15 3面

今ではワンマンバスが当たり前になりましたが、この頃までは京王バスに車掌さんの姿もみられました。
51/5/15 4面

 

次回は40年前の6月のバックナンバーをご紹介する予定です。
どうぞお楽しみに。

 

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※紙面の状態が判読しづらい部分があることをお詫び申し上げます。
保存してあります本紙の状態を考慮し、できるかぎり読みやすい状態で修復しながらファイル作成をしておりますので、何卒ご了承ください。